「これからは、おまえの好きなようにやりなさい。誰にも遠慮はいらない。ただ、いくつか頼んでおきたいことがある」
 この後のことを予感させる口振りに、胸が詰まりそうになりながら私は父上の言いつけを聞いた。


 その二日後、宮殿に赴いた父上は、天子の玉座がある正殿の前庭で石畳に跪いて切々と訴えた。

 棕(そう)家の予言は元をたどれば十数年前、天子救出の出兵を迷っていた際に自分が得たものであり、公で詳細を説明しないままでいたのは自分の手落ちであり、そもそも娘たちに罪はない。

 密通事件についてはまごうことなき娘自身の過ちであるが、既に本人とは縁を切っているし、この十年余りの間粉骨砕身で煒(い)国と天子様のために働いてきた自分に免じて赦してほしい。

 これらすべて、自分の命をもって償うゆえ一族には累を及ぼさずにもらいたい。

 そうして問答無用で剣を抜き、自らの首を斬って、命果てた。




 屋敷に戻ってきた父上の亡骸に縋りついて、このまま後を追うのでは、と思うほどの痛々しさで芝嫣(しえん)姉さまは慟哭した。
 いずれ、煌(こう)のどこにいるとも知れない淑華(しゅくか)姉上も、風のうわさで父上の訃報を聞くだろう。どんなにか、自分の行いを悔やむことか。

 私は、長いこと父上の前に平伏していた。

 泣きすぎて意識を失いそうになった芝嫣姉さまは桂芝(けいし)たちに抱きかかえられ部屋へと戻った。
 日が落ち、灯りをつけようとした子宇(しう)のことも私は追い払った。

 開け放ったままの戸口から月明かりが差し込んでくる。
 そこでようやく私はむくりと顔をあげた。乱れて垂れていた髪を撫でつける。
 ゆっくりと目線を上げて父上の亡骸を見据える。

 良い子の子豫は、父上と一緒に死んだ。
 残されたのは、〈悪役令嬢〉のわたしだ。

 もう誰にも遠慮はいらない――その通りだ。
 さだめ? 予言? シナリオ? テンプレ? くそくらえだ!

 わたしはわたしのやりたいようにやる。思いきり、この物語をかき乱してやる。〈悪役令嬢〉を舐めないでもらいたい。この物語がどんな終焉を迎えるのか知らないが、わたしを放り込んだからにはわたしを制してみなさい。
 わたしはもう、誰にも遠慮しない。

 とりあえず。棕家をいいように利用し手の平を返した宮廷の能無したちも天子も、わたしたちを陥れて勝ったつもりになっているだろう清蓉(せいよう)も。許さない。
 特に清蓉。あなたが誰の尾を踏みつけたのかということを、よぉくよぉく思い知らせてあげましょう。