「ヴェロニク様は向上心がおありなのね」
 パロ男爵令嬢と会ってみたいと相談すると、ギーズ公爵令嬢が教えてくれた。毎日王室図書館に通っているようだと。
「わたくしは教養がなく、社交界にも疎いので皆様に追いつけるよう励まなければと考えております」

 さっきから自分を卑下するようなことばかり言っているヴェロニクだが、表情や口調は淡々として、あくまで事実を述べているだけというふうだ。媚び諂う響きや笑みはいっさいない。

 ヴェロニクが社交界に現れたとき、わたくしもそうだけど、多くの令嬢たちが彼女に注目し警戒した。
 愛らしい顔立ちなのに気の強さが垣間見える目元や、世情を知らないがゆえの大胆な発言やそのくせ機知に富んだ会話の返し、快活そうな身のこなしの中に見え隠れする上位貴族にも引けを取らない優雅なしぐさ。

 守りたいとも思うし甘えたいとも思う。指導したい欲望もあるし躾けられたいとも願う。面倒なことは嫌だけどチャンスさえあれば火遊びしたいと常に窺っている。
 そんな二律背反に揺れる男心を刺激する二面的な魅力がヴェロニクにはあった。その証拠に、ヴィルヌーブ子爵を筆頭に、自らを優秀だと思っているのを隠しもせず鼻につく系の殿方たちがヴェロニクを取り巻き始めた。さもありなん。

 魔性の女に婚約者を誑かされてはたまらない。令嬢たちは戦々恐々としていたはずだ。が、こうしてヴェロニクと話してみて、わたくしの彼女に対する印象はガラリと変わった。

「お話というのはヴィルヌーブ子爵とのことでしょうか」
 顔を上げてヴェロニクはまっすぐにわたくしに尋ねた。わたくしは扇子で口元を隠して目を細めるに留める。
 ヴェロニクはすっと目を伏せてまた淡々と話し始めた。

「わたくしも困っていたところですの。どうやって求婚をお断りしようかと」
 おやまあ。
「未来の宰相と嘱望される子爵とわたくしではつりあいません。我が家は今、裕福ではありますがそれだけです。わたくし自身には価値はございません」
 あらあらまあまあ。

「社交界に出るようになった当初は、親切にしてくださるのが子爵だけだったのでわたくしもつい頼りにしてしまいました。でも今では反省しております。身の程知らずでございました」
「なぜわたくしにそんなことをおっしゃるの? 懺悔なら教会でなさったら?」
「子爵を説得してくださらないかと」