馬をつないであった樹木のそばで毅(き)公子は立ち止まった。
思い返してみれば、最後にこの人と会話したのは、まだ淑華(しゅくか)姉上がいたころだったかもしれない。そう思うと、少し気まずい。
公子もそう感じたようで、微妙な笑顔になって私を振り返った。
「久しいな、子豫(しよ)。元気だったか?」
「はい、まあ……おかげさまで」
嫌味だったかもしれない。が、他に挨拶しようもないし。
少しの間、奇妙な沈黙が流れた。毅公子は自分の馬を撫でたりなんかして。
「……あの者、名前はなんだったか」
「清蓉(せいよう)です」
「都人から仙女様と崇められているそうだ」
「もとは壅(よう)からの移民に支持されていたようですね。鐶(かん)王家の出身だという話もありますが……」
「どうやら本当らしい」
改めて私を振り返り、公子は話を続けた。
「鐶王家の侍女だった人物に確認させた。仕えていた公主と瓜二つだそうだ」
「それはそれは……」
だがそれだけでは確証にならない。よく似た娘を、鐶王家の血筋の者として仕立て上げた可能性だってある。
「清蓉が、本当に女神のお告げを受けた仙女であるのか、本当に鐶王家の娘であるのか。それはどうでもいい。重要なのは、なにが目的なのか、背後にどの国がいるのかで」
まさに今、私が意見しようとしていたことを公子が述べられたので、正直驚いた。
「公子は英明です。おっしゃるとおりです」
男性がするように組んだ両手を上げて賞賛すると、公子は破顔した。
「子豫に褒められるとは。嬉しいな」
「ですが、宮中の方々の考えは違いますよね」
「鐶王家の娘が煒(い)国の人々に尽くしているとは感心だ、しかも大地の女神から神力を得たとは興味深い、宮中に召し抱えるべきだ、という意見だ」
「…………」
本当に。ため息しか出ないわ。
こうやってすぐに人外の力に飛びつく。だからこの国は衰退したのに偉い人たちは原因に気づきもしない。
天子の権威と秘術を手に入れたからこうなったのか、もとからこういう体質だったのか。
検証しようもないし、盛大に破滅ルート大歓迎の私が憂うのもおかしな気もするが。
清蓉は嫌いなタイプすぎていじめるだけじゃすまない気がするし。さすが乱世の物語、最終的には命を奪い合うことになるのかも。私はもちろん受けて立つけれど。
でも、どうにもドライになりきれないのは。
「清蓉が宮中に上がることで、芝嫣(しえん)の立場が悪くならなければいいのだが」
私の心配をまたまた毅公子が代弁する。なんだかなあ、にやにやしちゃうじゃないか、にやにや。もちろん内心に留めるけれど。
「……公子は変わりましたね」
「ああ。自分でもそう思う。以前の私は視野が狭く同じような考えの者としか会話できなかった。そんな自覚もなかったし。だが、芝嫣に……いや、芝嫣だけではないな。棕(そう)家の姉妹のおかげで目が覚めた」
「まあ、なぜですか?」
「そなたら姉妹は、態度は控えめだが、はっきりものを言うだろう。そういう娘は……いや、男だろうと女だろうと、私のまわりにはそなたらのような者はいなかった」
「そうですか」
「棕将軍のことも私は大いに尊敬している。一緒に、この国を守りたいと思っている」
キリっとキメ顔の毅公子は、からかいようもなく好男子だった。
以前の、私と淑華姉上の評価は間違っていたようだ。その人物ののびしろまで考慮するべきなのだなぁ、と反省した。
淑華姉上が叡(えい)公子ではなく毅公子を選んでいたら物語は変わっていただろうか、と私にしては珍しく無駄な考えが頭をよぎりもしたけれど。
本当に、くだらない考えだ。やり直しを要求する〈悪役令嬢〉などいないのだから。
思い返してみれば、最後にこの人と会話したのは、まだ淑華(しゅくか)姉上がいたころだったかもしれない。そう思うと、少し気まずい。
公子もそう感じたようで、微妙な笑顔になって私を振り返った。
「久しいな、子豫(しよ)。元気だったか?」
「はい、まあ……おかげさまで」
嫌味だったかもしれない。が、他に挨拶しようもないし。
少しの間、奇妙な沈黙が流れた。毅公子は自分の馬を撫でたりなんかして。
「……あの者、名前はなんだったか」
「清蓉(せいよう)です」
「都人から仙女様と崇められているそうだ」
「もとは壅(よう)からの移民に支持されていたようですね。鐶(かん)王家の出身だという話もありますが……」
「どうやら本当らしい」
改めて私を振り返り、公子は話を続けた。
「鐶王家の侍女だった人物に確認させた。仕えていた公主と瓜二つだそうだ」
「それはそれは……」
だがそれだけでは確証にならない。よく似た娘を、鐶王家の血筋の者として仕立て上げた可能性だってある。
「清蓉が、本当に女神のお告げを受けた仙女であるのか、本当に鐶王家の娘であるのか。それはどうでもいい。重要なのは、なにが目的なのか、背後にどの国がいるのかで」
まさに今、私が意見しようとしていたことを公子が述べられたので、正直驚いた。
「公子は英明です。おっしゃるとおりです」
男性がするように組んだ両手を上げて賞賛すると、公子は破顔した。
「子豫に褒められるとは。嬉しいな」
「ですが、宮中の方々の考えは違いますよね」
「鐶王家の娘が煒(い)国の人々に尽くしているとは感心だ、しかも大地の女神から神力を得たとは興味深い、宮中に召し抱えるべきだ、という意見だ」
「…………」
本当に。ため息しか出ないわ。
こうやってすぐに人外の力に飛びつく。だからこの国は衰退したのに偉い人たちは原因に気づきもしない。
天子の権威と秘術を手に入れたからこうなったのか、もとからこういう体質だったのか。
検証しようもないし、盛大に破滅ルート大歓迎の私が憂うのもおかしな気もするが。
清蓉は嫌いなタイプすぎていじめるだけじゃすまない気がするし。さすが乱世の物語、最終的には命を奪い合うことになるのかも。私はもちろん受けて立つけれど。
でも、どうにもドライになりきれないのは。
「清蓉が宮中に上がることで、芝嫣(しえん)の立場が悪くならなければいいのだが」
私の心配をまたまた毅公子が代弁する。なんだかなあ、にやにやしちゃうじゃないか、にやにや。もちろん内心に留めるけれど。
「……公子は変わりましたね」
「ああ。自分でもそう思う。以前の私は視野が狭く同じような考えの者としか会話できなかった。そんな自覚もなかったし。だが、芝嫣に……いや、芝嫣だけではないな。棕(そう)家の姉妹のおかげで目が覚めた」
「まあ、なぜですか?」
「そなたら姉妹は、態度は控えめだが、はっきりものを言うだろう。そういう娘は……いや、男だろうと女だろうと、私のまわりにはそなたらのような者はいなかった」
「そうですか」
「棕将軍のことも私は大いに尊敬している。一緒に、この国を守りたいと思っている」
キリっとキメ顔の毅公子は、からかいようもなく好男子だった。
以前の、私と淑華姉上の評価は間違っていたようだ。その人物ののびしろまで考慮するべきなのだなぁ、と反省した。
淑華姉上が叡(えい)公子ではなく毅公子を選んでいたら物語は変わっていただろうか、と私にしては珍しく無駄な考えが頭をよぎりもしたけれど。
本当に、くだらない考えだ。やり直しを要求する〈悪役令嬢〉などいないのだから。