なるほどね。清蓉(せいよう)のヤツ、見るからに地位の高そうな身なりの青年が近づいて来たから、いち早く芝居を切り替えたわけね。
 さっと膝をかがめながら私は内心で失笑した。わかりやすく裏のあるヒロインだわ。

 手振りで楽にしろと許可をくれながら毅(き)公子は困り顔で私に話した。
「仙女の評判は宮中にも届いていてな。気にする者も多くて、今日は私が確かめに来たのだが」
「それはそれは。私も目的は同じです」
「だろうと思った。にしても何を揉めているのだ? こちらがもしや……」
「清蓉でございます」
 くすんくすんとすすり泣きながら、やけにしっかり仙女サマは自己紹介する。

「突然すまない。私は煒(い)の公子毅だ」
 公子の名乗りを聞いて、清蓉は伏せた目を一瞬きらっと輝かせた。
「公子様の御前でご無礼を。ですかこちらのお嬢様がわたくしを侮辱なさったので」
 ええ、はい。それは間違いない。否定はしないし認めもしないが。

「子豫(しよ)が?」
 毅公子は男らしい眉を訝し気にひそめて私をかばってくれた。
「子豫のことはよく知っているが、やみくもに人を非難するような性格ではない。そなたの思い違いではないのか?」
 うふふ、普段のおこないがものをいうってこういうことね。その通り、子豫は控えめな良い娘だもの。ふふふふ。

「そんな……わたくしが悪いと仰せにございますか」
 さらに泣き落としにかかる清蓉、さらに公子の顔が歪んでいくのに気づきもしない。馬鹿め、毅公子はこういうメンドクサイ女が大嫌いなのに。
 篭絡する相手のタイプを見極めもしないで見え見えな芝居を続けるところも下手くそだ。芝嫣姉さまの敵ではないわね、これは。

 と、思うのだが。物語の展開上、この女を見初めた叡(えい)公子が芝嫣姉さまを捨てる流れになるはずで。やはり清蓉が聖女ヒロインであることが焦点になりそうだ。

 なかなかに波乱の予感を感じつつ無表情に清蓉を観察する私の隣で、毅公子は表情に不快感を丸出しにしながらそっけなく言った。
「そなたの話を詳しく聞きたくて来たのだが、日を改めることにする。どのみち近々、王后(おうごう)から御召がかかるだろうから、この者に居場所を知らせておいてくれ。では、私はこれで」
 清蓉が口を挟む余地を与えず会話を終わらせ、あとのことは侍衛にまかせて毅公子はさっそうと踵を返した。私について来いという目線を寄越す。

 それで私は、最後には身分のある令嬢らしく、清蓉に向かって優雅に膝を屈めて挨拶してから公子の後を追った。