ラニー侯爵令嬢は注目が集まったことに緊張したようすでゆっくりと話し始めた。
「シルヴィー様はとても控えめで口数の少ない方ですから、快活で機知に富んだ会話を好むヴィルヌーブ子爵はご不満そうでした。シルヴィー様と比べてだいぶ積極的なパロ男爵令嬢に魅力を感じたのだろうと、シルヴィー様本人も理解されていることでしょう」

「でも、女性としての魅力を感じないから婚約破棄だなんていきすぎではなくて?」
「ボリュー伯爵は承諾してしまったの?」
「そんなわけないわ。反省した子爵が婚約破棄は取り消してくれって言いだされてもいいように、保留にしておいて待っているのよね?」
 他の令嬢たちが口々に話したが、ラニー侯爵令嬢は困ったような顔のままそれに同意はしなかった。

「殿方の浮気はいっときのものだから飽きて戻ってくるのを待てばいいって、そうなのでしょうけど、ですけど子爵は本気のようなのでシルヴィー様のもとに戻っていらっしゃるかどうか」
 あらあらまあまあ、と令嬢たちはあきれた表情で顔を見合わせた。この場合、あきれられているのは誰なのか。



 令嬢たちとのお茶会は楽しい。穏やかな波のように盛り上がっては引き、また盛り上がっていく会話のさざめきに、耳を傾けてさえいれば思考がはかどる。
 けれど婚約者とふたりきりのお茶の時間となると静かすぎて退屈だ。悪だくみに気を回したくても無駄にいい顔が視界をちらちらして集中できない。

 ならば目の保養をしておこうと無言で見つめていると不愉快そうに睨まれた。
「イザベル?」
「申し訳ありません。殿下が美男子でいらっしゃるので見惚れておりました」
「婚約者殿はうそつきだな」
 本当なのに。

 陽光がまとわりつく明るい金髪は後光かしらってくらいに輝いてるし、端正なラインを描く白皙の頬はぼぉっと光を発してるみたい。
 さすがはヒーロー、これでヒーローじゃなかったら逆に詐欺だわって話だ。なんて、ふざけたことを考えている気配を感じたのか、アンリはますますへそを曲げたようにそっぽを向いた。

 第一王子アンリの出自や彼をとりまく宮中の事情は、実は少々ややこしい。微妙でややこしい立場に置かれて育ったアンリは、そのせいばかりなわけではないのだろうけど、ビミョーでややこしくこじらせた性格になってしまった。
 はっきり言ってメンドクサイ。こんな王子様と添い遂げることにならなくて良かったと思ってしまう。わたくし悪役令嬢で良かった。