「……わざわざ、好きだったっていう物語に派遣しても〈悪役令嬢〉はイヤだって逃げ出したり、断罪が終われば好き勝手とか、ワガママなんですよ。そんな、誰も彼もが好きな人生を選べるなら苦労はないですよ」
 わたしの目覚めを確認しながらルカが愚痴をこぼすのはいつものことで、わたしはそれで〈エレノア〉の生を終えたことを強く実感した。

「その点、ライザさんはプロフェッショナルで頼もしいです。さすがの貫禄で」
「……どうもありがとう」
「今回は簒奪までやっちゃうんだもの。驚きましたよ」
「処刑台に上がってみたくて。それなら大きなことをやらなくちゃって」
「たかだか王子の想い人をイジメたくらいで首ちょんぱにはなりませんものねー」
 わたしは今回絞首刑だったけれど。

「生母の身分が低いために年下の王子たちの更に風下に甘んじていた第三王子をそそのかし、門閥に頭を押えつけられ出世できずに不満の溜まっている寒門の子弟たちと引き合わせて派閥を作り、宮廷進出を狙っていた豪商を後ろ盾に私兵と隠密部隊まで編成するって、すごかったです」
「そう?」
「優柔不断な第三王子に詰め寄って扇子顎クイでハッパをかけるところ、シビれましたよ!」
「ふふ」

「成功してライザさんが女王様になっちゃうんじゃないかってヒヤヒヤでした」
「そうよね、申し訳なかったわ」
「ぼくはいいんですけどね、面白そうだから。悪の女王様って最近見ないじゃないですか? でもそうなるときっとヒーロー部門が介入してきて面倒なんで。あいつら思い通りの結末になるまで平気でループ連発かますんでメンドクサイんです」
「それはいやね」
 人生という物語は一発勝負。何度もやり直しさせられるなんてぞっとしないわ。
「あっちはあっちで人材難ですからね、仕方なくなんでしょうけど。ヒーローも楽じゃないです」

 何か機械を操作しながら、物語管理委員会悪役部門チーフのルカはぺらぺらとおしゃべりを続ける。元の魂の核となる〈個人〉としての意識を、わたしがしっかりとどめているか、こうして会話しながら確認しているのだと今では理解している。
 元の魂とその他の生との記憶が曖昧になるようになったら、お役御免。疲弊した魂はクリアされるらしい。

 まだまだそんなことにはならない。わたしはまだまだできる。わたしはライザ。富豪の家のお嬢様で、話し相手として孤児院からやって来た少女をいじめていじめていじめぬき、初恋の男の子とも二番目に好きになった人とも結ばれなかった哀しい女の子。

「どうします? 次に行く前に休暇を取りますか?」
「いいえ。このまま行くわ」
「そう言うと思ってました。チュートリアルは?」
「いらないわ」
「ですよね! いちおう確認しなくちゃなんで」
「わかってる」
「いつも通り七歳の誕生日に〈ライザ〉の意識が目覚める設定でいいですね?」
「ええ。お願い」
「こちらこそ。では、ボン・ヴォヤージュ! 行ってらっしゃい!」

 ルカが張り上げた声を最後に、わたしの意識は沈み込むようにその場から遠のいた。