第一王子アンリのお妃に選ばれるのが毒にも薬にもならない家門の娘であるなら、国王陛下は波風は立てずにこのまま王位継承されるのであろう。けれどそうでなかったら。
 潮目の変化を見極めようと注目されたお妃選定で、王家をのぞけばいちばん力を持つニーム公爵家のわたくしが選ばれた。王太弟を廃し、新たに第一王子を王太子とする。そう宣言するも同然の人選であったのだ。

 ご成婚と同時にアンリ殿下が王太子に叙されるであろうと、宮中では誰もがそう心得ているかのような空気の中で、だがわたくしだけは知っている。悪役令嬢(わたくし)が存在する以上、これから起きるであろうセンセーションを。

 いつもだったら、わたくしがひっかき回すだけひっかき回したクライマックスの後のことなんて知ったことではないのだけど、内心で肩の荷を下ろされているだろうシャルル殿下のことを思うと、ちょっぴりだけ胸が痛む。アンリがニーム公爵家と破談騒動を起こしたりしたら、シャルル殿下のお立場はどうなるのだろう、なんて。
 いえいえ、このうえなく慎重で抜け目のないこの方のことだから、まだまだ先のことを警戒しておいででしょうけれど。

「そんなに見つめて、わたしの顔に何かついてる?」
「ええ、とても素敵な瞳とお鼻とお口がついておりますわ」
「ふふ、イザベルにはまったく降参だよ」
 何をおっしゃいますのやら。百戦錬磨の貴公子でいらっしゃるのに。

「アンリとは会ったかい?」
「いいえ。今日はお目にかかってません」
「先程あなたをさがしていたけれど」
 あらあら、わたくしに何か用でもあるのか。聞かなかったふりをして帰ってしまいたいところだけど、新しい展開に進みつつある今、状況を確認しなければという考えもよぎる。

 シャルル殿下の御前を辞して、わたくしは回廊から庭へとおりてみた。幾重にも重なる生け垣の間の小径に入ると、人の話し声がした。

「わたくしがすべて悪いのです」
 震えるか細い声がささやく。
「そんなことない」
 戸惑いがちな男の声が応える。
「いいえ、そうなのです。ですから、今とてもつらく悲しいのも自分のせいだと思って、子爵のことを恨んではおりません」
「きみの慎ましさを知ってヴィルヌーブも反省すればいいのだが」
「そんなことは望んでいません。ただ今はもう子爵がお幸せであればと願っています」
「優しいのだな。きみの寛容さに敬意を表して、ヴィルヌーブの代わりに俺が詫びよう」
「そんな……おやめください、殿下。殿下に気にかけていただいただけでわたくしは……」

 なんということでしょう。なんというステレオタイプなやりとりなのだ。予想通りすぎてつまらない。