何本もの槍が盾の間から敵兵の肩や首元に突き刺さります。それなのに。
「何故、倒れないんだ!?」
 恐怖に満ちた叫びが広がります。その光景をご覧になって弟君がおっしゃいました。
「痛みを感じてないみたいだな。まるでひとりひとりが狂戦士だ」
「私の子どもたちを操り人形にしおって。許せん……っ」
 ご自分の国の兵たちを「子どもたち」と呼んだ叔母君は、青筋を立てて震えておられます。

「…………」
 女神さまは。小さな両の手をお腹のところで組み合わせて、じっと目を見開いていらっしゃいました。
「ティア……」
 力なくわたしを呼ばれます。
「わらわは無力じゃ。初めて思い知った。見守るだけの毎日に慣れきって、本当に見ているだけだった。いざ助けたいと思っても、今のわらわは力をふるうことすらできない」

 高慢で、不遜で、口が悪くて、自分勝手で、人の話を聞かなくて、周りの迷惑を考えない。けれどお優しい女神さまは、今震えながら、でも涙は出さずに戦場の混乱を見つめていました。

 猛攻を懸命に堪えていた兵たちが崩れ始めます。信じられないことに、青銅の盾を槍が貫いたのです。
 乱戦きわまる前列から少し後方の兵たちも必死に槍を突き出しています。敵兵の後列からは投げ槍が飛んできます。盾をかざせば防げるはずのそれが、幾人かの兵の胸当てに刺さります。槍を受けた兵のひとりは、テオでした。のけぞった拍子に顔がよく見えました。

「……っ」
 女神さまのおでこに汗が流れます。
「エレナ、すまない……」
 女神さまの悲痛な声がわたしの耳を打ちます。女神さま。わたしの女神さま。そんなに胸を痛めないで。
 わたしに何ができるでしょう。大好きな女神さまのために何をして差し上げれば良いのでしょう。わたしはそれを、ひとつだけ知っています。

 わたしは決心すると、背中のはねを目いっぱい羽ばたかせて一直線に天空へと上り始めました。
「ティア?」
 訝し気な女神さまの声が聞こえましたが振り向きません。さようなら、女神さま。

 風に乗らずに真上を目指すのは辛いです。だけどわたしはひたすら天上を目指します。

 神さま。天空の大神さま。小さなこの身を捧げます。どうか女神さまの大切な者を守ってあげてください。街の者たち、国の者たちも守ってあげたください。神々のいたずらに為すすべもなく命を散らすのはかわいそうです。女神さまが泣いてしまいます。かわいそうです。いと小さき者の願いをお聞き届けください。わたしはどうなってもいいから。あの弱い小さな者たちを助けてあげてください。