「煌めく瞳の叔母上、これには事情があってのう」
「兄上の嫌がらせか。またあの人はなんぞ企んでおるのか?」
「どうもそうらしいのじゃ、叔母上」

 緊張感のないやりとりをする女神たちの傍らに弟君も姿を現されます。
「おー、始まるね。無様な戦い方だよ、まったく人間らしい」
 今日は口調が初めからはすっぱです。英雄時代を懐かしむ弟君はこの戦い方が気に入らないようです。
「個人の技量なんて関係ない。ぶつかって乱戦になってどちらかが崩れればそれで終わりさ。生死はただの運だ。倒れたところを味方の兵士に踏みつけられるんだ。こんなのは戦いじゃない」

「だがこれはあやつらが自分たちで考え出したことだ。それを良しとしてるのだ。ひとりの英雄に頼らず弱い者なりに自分たちで戦う。健気なことではないか」
 叔母君がとび色の瞳を和ませ、震える手で槍を握る眼下の人々を庇われます。

 そうしている間にも、幾重にも列を重ねてひとかたまりになった兵たちが、規則正しく前進を始めました。後方に控えている従者たちの中にポロの黒い肌と頭が見えます。テオはどこにいるのでしょうか。

 隊列のはるか前方には、やはり前進を始めた敵兵の隊列が見えます。今は一歩一歩ゆっくり歩を進めている隊列同士が極限まで近づき突撃の合図が出たとき、殺し合いが始まるのです。
 いてもたってもいられなくなったわたしは、女神さまのおそばを離れてテオを探しに地上へと近づいていきました。

 兵たちの兜を見下ろしていてもそれが誰だかわかりません。顔を確認してまわり始めたわたしの耳に、聞きなれた声が飛び込んできました。
「怖いか?」
 わたしが入り込んでいる列のひとつ後ろのようでした。わたしは兵士の頭の上から列を飛び越えて声の方へ近寄りました。

「ああ、コワイさ」
 テオに話しかけられた青年は、かすかに歯を鳴らしていました。震えているのです。
「おれもだよ」
 落ち着いた表情のテオでしたが、口元はこわばり鼻筋には汗が浮いていました。それでも彼は、笑いました。

「でも安心しろ。あんたのことはおれの盾が守る」
 革ひもを通して左腕に固定した盾を、テオはしっかりと左隣の青年の前で構えます。それを聞いていたテオの右隣の男がテオに向かって言いました。
「おまえのことは俺が守るぜ」

 同じ囁きが周囲に広がり、兵たちは盾を連ねるためにさらに密集します。そうして敵に向かって行くのです。同じようなやりとりは敵方の隊列でも交わされているのに違いありません。