「馬鹿!」
 ハリの申し出をテオは一言で切り捨てます。
「遊びに行くんじゃないんだ。おまえを連れていけるわけないだろう」

 そのテオの後ろから、今度はポロが進み出て、ハリの腕の中の盾に手をかけました。
「オレの仕事だ」
 ぐいっと力を入れてハリの腕から盾を取りあげ、振り返ったポロは黒い瞳でテオを見上げました。
「任せろ」
 テオはあからさまにうろたえて首を横に振りました。
「違う。そんなことをさせるためにおまえを連れてきたんじゃない。冬の間、ここですごさせようと」
「わかってる」
 ポロは何もかも見透かすような力強い目でテオを見つめます。
「オレの仕事だ」
「…………」

「よし、任せる。ポロ、右腕を出せ」
 急に気弱な表情になって返事もできずにいるテオをよそに、ハリがポロと向き合いました。
「おまえも、テオも。両方、ケガなんかしないで戻れよ。いいな」
 固い約束のしるしに右腕を交わします。

「おまえらときたら、まったく……」
 唇を動かしただけのテオのつぶやきは、かろうじてわたしの耳にだけ届きました。こうして、自分が助けた子どもたちに背中を押され、テオの出征が決まったのです。




 出立の朝、多くの家の門の前で別れの盃のお酒が地面に注がれたため、路地はお酒のにおいでむせ返るようでした。そのにおいが薄れるとともに残された人々の悲嘆のため息の数も減り、街はすぐに静かすぎる日常を取り戻しました。
 ハリとデニスとミハイルは、普段の仕事以上に家々を回って家事を手伝い、御駄賃をもらっていました。

 男手がなくなったため陶工区も静かで、エレナと師匠のピリンナは黙々と壺や皿に絵付けをしていました。ピリンナが描くのは、装備を身に着け槍を持った兵士とその家族の別れの場面を描いたものばかりでした。
「こうやってしか、主張できないからね」
 唇をゆがめて笑うピリンナの向かいで、エレナはときおり泣きたいのを我慢するように目をぱちぱちさせていました。

 子どもたちの前や仕事中には堪えていたエレナが崩れたのは、アルテミシアが家を訪ねてきたときでした。
「本当は、行かないでって、言いたかった……!」
「お馬鹿さんね。強がったりするから」
「アルテミシアさまに言われたくないです……っ」
 苦笑いしながらアルテミシアは地面に伏して泣くエレナの背中を撫でました。
「もう布陣したかしら? 戦闘は始まったかしら?」
 エレナと思いを合わせるようにアルテミシアはどこへともなく囁きます。