あたりが暗くなってもテオは帰ってきませんでした。眠れないのか、エレナは外套にくるまって中庭に座っていました。それに付き合うように女神さまも冴える星空をご覧になっています。

「ねえ、ファニ」
「なんじゃ」
「テオは無理してるのかな」
 弱々しい声でエレナは話します。
「我慢してるのかな。本当は戦に出たいのかな……」
「おまえが行くなと泣いて頼んだからテオが本心を隠して堪えているとでも? ずいぶんな自信じゃなあ」
「そういうわけじゃ……」
 女神さまの茶化す口調にエレナは口ごもります。

「赤子を一度産む地獄に比べたら、戦場に百回行く方がいいと言った女がいたな。おまえはどう思う?」
「や……わたしはどっちも経験ないし、わからないよ」
「そうだよなあ」
 おおらかに笑って女神さまはエレナの隣にお座りになりました。

「戦で陥落した城市(しろまち)はそれはひどいありさまになる。王族でも平民でも兵士でも女子どもでも関係ない。関係ないのじゃ。身内をそんな目に合わせたくないから男たちは武器を持つ。根っこの思いはそういうことなのじゃ」
「うん……」
「しかし男というのは功名心が強くてなあ。大きく言えば英雄になって名を揚げたい、小さく言えば家族に褒められたい。その一心なのじゃろうなあ」
「そ、そうかな……?」

「そうじゃろう? 武具さえ持っていれば戦に出られる今ならばなおさらじゃ。しかも今回は武具がなくても軍船の漕ぎ手として参加できて多額の報酬がもらえるという。銀貨の袋を持って帰ればどこの家の主婦も喜ぶというものだ」
「お金じゃないんだけどな」
 ぽつりとエレナがこぼすと、女神さまも大きく頷かれました。

「そうだ。じゃが男にはそれがわからない。愛情を目に見える形にしようと必死なのじゃ。しょうがないのう」
「ほんと」
「奴らは褒められたくて仕方ないんじゃよ。褒められて鼻高々になりたいのだ」
「子どもみたい」
 小さく笑ったエレナに、女神さまもやさしく笑い返されます。
「男はみんな女の子どもじゃからの」

「でもテオは、そういうことじゃなくてきっと……」
 エレナはうまく説明できないのか、言葉を続けられないようです。
「あやつは面倒な奴じゃからな」
 女神さまも顔をしかめて嘆息なさいます。
「テオは神託に従うことも、戦をすること自体にも迷っておる。命に敏感な奴じゃからの」
「だよね」