「オレが用があるのはこれから英雄になる男だ」
「おまえがその男を英雄にするってわけか?」
 既に口元をゆるめながらリュキーノスが問いかけます。
「そういうことだ」
 しれっとミマスが答えます。するとリュキーノスは我慢できないというふうに爆笑しました。

「あんたみたいのは今どき貴重だよ。俺の下に付いてくれ」
「人の話を聞かない奴だな」
「どのみち、今回出る将でいちばんマシなのは俺だぜ? その長弓で思い切り飛ばしたいなら、指示を出せるのは俺だけだ」
 ミマスは考える表情になって黙りました。理想は理想として実利も大事。テオもそうですが、彼らはこの部分が共通するようです。
「考えておく」
 唇を曲げてこの場の結論を出したミマスに、リュキーノスは再び愉快そうに笑ってみせました。

「おじさん、新しい軍船を見てきたの?」
 大人の話が終わったのを見てとり、ハリがリュキーノスに尋ねます。
「ああ。防水のための松脂(まつやに)の臭いがすごくてな。長くそばにはいられなかったが」
「ありゃあ、ここまで臭ってきてるぞ」
 冗談のようなことを言いつつミマスが本気で鼻に皺を寄せます。
「違いない。あの大きさだからな。松脂もすごい量だ」

「おじさんたちは船に乗って行くんだね」
「そうだ。峠越をしなくていい分、体力を温存できる」
「いずれはあの船で海上で戦うのだな」
 女神さまのつぶやきにリュキーノスはなんの悪意もなく大きく頷きました。
「ああ、すごいぜ。甲板の上でだって隊列を組める。そのうち敵船を攻撃する鉄のかたまりを帆桁から吊るすらしいぜ。すごいだろ」
 リュキーノスの声は子どもみたいに弾んでいます。

「新造の船頼みでのんびりしておるが、隣国が先に攻め込んできたらどうするのだ」
 水を差す女神さまのお言葉にもリュキーノスの顔は陰りません。
「向こうには船がない。金がないんだからな。出撃の知らせが届いてから出立したとしても俺たちには十分すぎるくらいだ。神託さまさま、銀山さまさま。ひいては働き頭のテオのおかげだ」

 テオの名前が出たので、女神さまはまたリュキーノスにお尋ねになります。
「おまえは神託を信じているのか?」
「良い神託なら信じる。悪い神託なら信じない」
 明快な答えに女神さまは顔をしかめられ、ミマスとハリは吹き出しました。

「悪い神託がその通りになったときにはどうするのじゃ? 信じなかったことを反省するのか?」
「俺の運が悪かったと納得はするが、反省とは違うかなあ」
 あごひげを撫でながらリュキーノスはしたり顔で述べます。