「わかってるんだ。おまえが言った通りだ。おれごときに何ができるわけでもない。四人、五人を一時助けたくらいで全部に責任を持てるわけじゃない。おまえの言う通りだ。ただの自己満足だよ。自分が安心したいんだ。楽になりたいんだ。だから離れていかれるのが嫌なんだ。頼られたいんだ。意味があるって思いたいんだ。おれには、おれの理由があるって」

「そうか……。なあ、テオ」
 息を殺して丸くなってしまったテオに、女神さまが優しく呼びかけられました。
「ブローチを見せてくれ」
「え……」
 また虚を突かれたようすで、テオは素直に手に握ったままだったあのブローチを女神さまに差し出しました。

「これはおまえの母親の持ち物だったのだろう」
「あ、ああ。そうだ」
 女神さまは指先でそれをつまみ上げ、丸い青銅の上に刻まれた文様を、もう片方の手の指先でそっとなぞりました。
「昔、西の海の島に、とある女神を祀る大きな神殿があった」
 唐突に語り出した女神さまにテオはますます目を丸くします。

「大地の母たる女神は豊穣を司どり、船乗りたちの守り神でもあって、その島は航路の要所としても栄えたのじゃ。当然船乗りの男たちがたくさんやってきて女を求める。慈悲深い女神は自らを崇める巫女たちに男たちの相手をさせた。春を売らせたというわけじゃ。一昔前に、更にはるか遠くの海から来た海賊どもに破壊され、神殿は跡形もなくなってしまったが。この文様はその神殿の物じゃ」
「どういう……」

「そなたの母親は巫女の一族の出であろう。それこそ古い貴い一族じゃ。しかし役目の性質上、あまり公にはできなかった。唯々諾々と奴隷に身を落とさなくてはならなかった。そなたの父親は出自を知っていただろうがな。これをそなたに託したのは父親なのじゃろう」
「あ、ああ」
「身分などその程度のものじゃ。いかに貴い生まれだろうが落ちるときには落ちる。その者の性質が変わるわけではない。変わるのは境遇じゃ。だが境遇が変われば性質をも捻じ曲げてしまうのが人間だ。変わってしまうのが人間だ。おまえはどうじゃ? テオ?」
「え……」

「おまえは本来、奴隷だったはずの自分が安穏としているのが許せず、路地裏で暮らし子どもたちを助けているという。ならば、元から貴族や王族であったならおまえは、子どもたちや奴隷を助けなかったのか?」
「え?」