「え……」
 急に振り返られた女神さまに、テオは虚を突かれたような顔をしました。女神さまは体ごとテオに向かい合ってお尋ねになりました。

「おまえは何故、いつもいつも責任を負おうとする。子どもたちのことも、誰もが取るに足りぬと思っている奴隷のことも。街のことも。そのどれもが、おまえごときに背負えるものではなかろうに」

 星明りの中でテオの頬は青白く見えます。くすんだ路地裏では目立つ明るい金髪も、今は沈んでしまっています。
「おれの母親は、奴隷だったんだ」
 沈み込むように、テオはその場に腰を下ろしました。

「? おまえは市民だろう?」
 奴隷が産んだのなら、テオの身分は奴隷のはずです。生まれた子どもの身分は父親ではなく母親と同じになるのです。
「おれの父親には男子がいなかった。だからおれは、正妻が産んだ子どもとされたんだ。正妻はおれを受け入れる代わりに母親を娼館へと売らせた。母親はそこで死んで、今は共同墓地の穴の中だ。よくある話さ」

 いつかと同じように手で顔を覆って話すテオの声がよく聞こえるように、女神さまもまた膝をつかれました。
「そうじゃな。よくある話じゃ」
「親父はそれなりの政治家だった。あれこれ改革をしてそれなりにありがたがられたけれど、結局は失脚して自分から街を出た。今はどこを旅しているやら。それこそ良いご身分だ」
「そうだな」

「改革で平民が奴隷になることはなくなったけれど、貧しい平民がいるのは変わらない。もともと裕福な奴らが名門氏族に対抗できるようになっただけのことだ。貧しい者たちの苦しみは変わらない。奴隷だってそうだ。数が足りなくなれば戦争で連れてくる。外国から買ってくる。もののように扱われる。おれは本来、そちら側の人間だったんだ」
 テオはぐしゃぐしゃと自分の金髪をかきむしりました。

「おれの立場はなんだ? 世間を騙して市民に収まってるおれが奴隷を使ってふんぞり返っていていいのか? 失敗して逃げ出した奴の息子のおれが、偉そうに政治に口を出していいのか? 路地裏で死にそうになってる子どもを見すごしていいのか? みすみす殺されるとわかってる奴隷を渡していいのか? 本当は、おれが……おれがすべてをあきらめなければならなかったのに、おまえは女だからあきらめろ、なんて。おれが、言えるわけがないだろう……」
「そうだな……」
 女神さまはひたすら同意してテオの話を聞いていました。