「はあ!? おぬしはなんというあさはかな男なのじゃ! 適当に返事をして乙女心を惑わすとはっ」
 人のこと言えないでしょうに、女神さまは目を剥いてお怒りになります。

「そう言われてもなあ。今のお嬢ちゃんを抱きたいかと問われればそうではないし、だいたい心から好きってなんだ? どうすれば証明になるんだ?」
「そんなのは決まっておる」
 女神さまは自信満々にふんぞり返ります。
「身も心もわらわに捧げれば良いのじゃ。身も心も捧げるとわらわに誓え。さすればわらわにはそなたの真贋がわかる」

 声色を変えた女神さまの囁きにミマスはまるで動じませんでした。
「オレは傭兵だし、身体ひとつならいつでも質に入れる覚悟はしてるが、心はそうはいかないな。オレの心はオレだけのものだからな」
「おぬし、人を愛したことがないのだろう。愛のなんたるかを知らんからそんなつまらないことが言えるのじゃ」

「愛ねえ」
 あごひげを撫でてミマスは肩をすくめます。
「ガキのくせにお嬢ちゃんにはわかるのか?」
「さっき言ったであろう。身も心も相手に捧げるということじゃ」
「お嬢ちゃんはそう思う相手に会ったことがあるのか?」
「ない!」
 自信満々に胸を張る女神さま。当惑したようにミマスは眉間の皺を深くします。
「経験もないのによくもそこまで大きな口が叩けるなあ」
「経験がそんなに重要か?」
「そりゃそうだろう。経験がすべてだ」
 どうにもふたりの言い分は平行線でしかない模様です。

「まあ、いい。オレが帰るのは戦が終わってからだ。それまでに一緒に来る気になったら言ってくれ」
「それはわらわが、おぬしに嫁ぐ気になったらということか?」
 ぱちぱちとまばたきしながら女神さまは不思議そうにお尋ねになります。ミマスは軽い感じで頷きました。
「わらわがおぬしに惚れる可能性があるということか?」
 これにはミマスはにやりと口角を吊り上げました。てっきり笑って切り捨てると思ったのに、女神さまはその笑顔にじっと見入っています。

「テオ!」
 ふたりのやりとりを落ち着かなげに見やっていたハリが声をあげました。西日を照り返す城壁の方からテオがやってきました。
「なかなか帰ってこないとミハイルが心配してたぞ」
「うん。ごめんよ」

「テオフィリス、気は変わったか?」
 ミマスがテオに尋ねます。
「出征の話だったらする気はない。だが、別件で頼みたい仕事ができた」
 淡々とテオはミマスと向かい合います。
「神託の神殿に行くことになった。奉納品を運ばなければならない。となると道中が厄介だ。護衛についてもらいたい」
「あの山の上の神殿へか? いいぜ、いい肩慣らしになる」