「ハリ、遅いね……」
 日が傾き始めた空を見上げてミハイルがつぶやきます。
「ほんと、もうお日様があんなところに。わたくしは帰るわ」
「お送りします」
「わらわはハリを迎えに行くとするか」
 夕食の準備をさせられるのは気が進まなかったのでしょう。女神さまが名乗り出ます。

 西日がまぶしい荒野は、いっそう乾いた雰囲気です。冬に向かう季節、人の心も殺伐としていきます。だから戦が起きるのでしょうか。

 岩場の空の低い位置を、トビが滑空していきます。何か獲物を狙っていたようですが、弧を描いて飛んできた矢に追いやられるように海の方向へと逃げていきました。

 かするものもなく力なく落下した矢を追いかけてハリが走ってきます。
「ハリ。帰るぞ」
「ああ、うん。そうだね。待ってて」
 矢を拾ったハリは師匠であるミマスのそばへといったん引き返します。それを追いかけていった女神さまは、ミマスが背にした長弓を感心したふうに眺めました。

「それをここでこさえたのか」
「そうだ。もう少し獣の腱を使いたいところだな」
「肉屋にでもあたれば手に入るだろう?」
「冗談言うな。自分で狩った獲物から採らねば意味ないだろう」
「蛮族よのう」
 女神さまにはめずらしく小さなお声でもらした感慨は、ミマスにしっかり聞こえていました。
「誉め言葉だよ、それは。オレはあんたらみたいな暮らしはごめんだからな」

 皮肉気な笑顔に眉をひそめた女神さまでしたが、そこで思い出したようにおっしゃいました。
「そうだ。おぬしにはまだ訊いてなかったな。わらわのことをどう思う? 好きか?」
「ああ。オレはお嬢ちゃんみたいのは、けっこう好きだぜ?」
 なんですと!?

「うちの部族ではお嬢ちゃんくらいの娘たちを娶るのは珍しくない。子どもだっていずれ大人になるんだからな」
 もしやそれは、保護的な意味合いで婚姻し、いずれ本当の意味での妻にする、というやつでしょうか。わたしは混乱した頭で考えます。

「あんたみたいなはねっかえりには街は退屈なんじゃないか? 戦が終わったらオレの故郷に連れていってやっても良いぞ」
 ちょっとちょっとー。ひとさらいですよね、それ。

「それも良いかものう」
 のんきに女神さまはおっしゃいましたが、瞳が剣呑に輝くのをわたしは見すごしませんでした。これはあれです、適当に話を合わせて相手を信用させ、もらうものだけもらってどろんするというあれです。

「おぬしがわらわを心から好いてくれるなら、一緒に行ってやっても良いぞ」
「ん? ああ、そういう言い方をされると自信がないなあ。訊かれたから答えたまでで、別にそこまで好きというわけでも」