「戦場以外でオレが誤って人を殺すとでも?」
「そうじゃ。武器を持って歩くからには自信はあるのじゃろうなあ?」
「証拠を見せろってことか。だがオレだってそこまで挑発されてヘタな的は狙えない。自分が的にされるくらいの覚悟はあるんだろうな?」
 売り言葉に買い言葉です。この男もけんかっ早い質のようです。

「なんだと? おぬしの腕を疑うわらわに的になれと申すか」
 女神さまは苦々しい顔でお考えになっているようです。
「そうだ」
 手にした袋をごそごそして、女神さまはリンゴをひとつ取り出されました。
「これを射落としてみよ」

 ご自分の頭の上にそれを載せ、器用にお胸を反らしてみせられます。男は淡い金の御髪(おぐし)の上のリンゴを凝視していたかと思うと、踵を返してずんずん遠ざかっていってしまいます。

「やい、こら。わらわがここまでしてやってるというのに逃げ出すのか!」
 くるりと振り返り、男は腰の矢入れから取り出した矢をつがえると、鋭いまなざしで言い放ちました。
「動くな」

 あんな小さな弓で、あんな遠い距離から、小さなリンゴを狙えるわけがありません。女神さまに当たってしまったらどうするつもりなのでしょう。その前に、この距離を矢が届くとも思えません。

「……」
 女神さまはぐっと唇を噛んで目を見開き、あごを上げて男を睨み返しました。凍りつく一瞬、弓弦の音がそれを引き裂きました。




「おじさんスゴイなあ!」
 無傷だった方のリンゴを上に放り投げ、受け止めてまた上に放り投げ、を繰り返しながらハリは目を輝かせて男を見上げます。
 矢の刺さったままのリンゴに頑強そうな歯でかじりつきながら男は得意げに笑います。その隣では女神さまがいじけたようすで豆を口に運んでいます。

そんな女神さまの頭のてんこに手のひらを置き、男はぐりぐり女神さまの頭を撫でまわしました。
「このお嬢ちゃんもたいしたもんだ。身動きしないし目も閉じないときた。リンゴを射落とせないにしろ、少し脅してやろうとしただけだったのに」
「いい根性じゃなあ」
 ぼやく女神さまに男はナツメヤシを干したものを差し出しました。珍しい食べ物をもらって女神さまの頬がゆるみます。
「まあ、引き分けということで許してやろう」
 ちょろい。ちょろすぎですよ、女神さまっ。