「あれは弓矢がないと獲れないよなあ」
 ハリが口を尖らせたとき、一本の矢が空を横切り、ハトの胸に鮮やかに命中しました。ぽとりと女神さまとハリの前方に落下します。

 息を呑んでハトを凝視しているハリの背中を守るようにしながら、女神さまは矢が飛んできた灌木の向こうをご覧になります。

 木の死角から、のっそりと男が現れました。背は高くはないものの褐色の肌の肩はたくましく、何か獣の皮を身に着けていました。手には小ぶりの弓を持っています。
弓矢の技能に長けるという北の民族、おそらく傭兵でしょう。戦が近いと聞きつけてやってきたのでしょうか。

 男の青い目が女神さまたちを捉えます。唇が動いて、予想外に滑らかな言葉を紡ぎ出します。
「なんだ、ちんちくりんども。そいつはオレの獲物だぞ」
「だ・れ・がっ、ちんちくりんじゃとおおお!!」
 乾いた土の岩場に女神さまの絶叫が響きわたりました。

ふうううっ毛並みを逆立てていらっしゃる女神さまに目を細め、男はぼそっとつぶやきました。
「どうして怒ってるんだ?」
「ファニはちんちくりんって言われると怒るんだ」
 ハリの解説を聞いて男はひょいっと肩をすくめてみせました。
「そりゃあ悪かった」
 のっそり歩み寄ってきて矢の刺さったハトを拾い上げます。

「おじさんは弓がうまいんだね」
 物怖じせず話しかけるハリの顔を見つめてから、男は頷きました。
「そりゃあな、これで食ってるんだから」
「傭兵なんだね」
「そうだ」
 話しながらハリは好奇心に満ちた瞳で弓を見ています。

「珍しいのか?」
「弓を扱う人は街にはあまりいないよ。あんな距離を矢が飛ぶのも見たことがないからびっくりした」
 へえ、と男は皮肉気に唇を曲げます。
「ぼうずは弓が欲しいのか?」
「うん……鳥を狩りたいから。でもおいら、弓なんか触ったこともないし」
「持ってみるか?」
「え、いいの?」
「オレにとってはこいつはおもちゃみたいなもんだ。遠慮することはない」

「ほう、おもちゃだと?」
 まだ怒りの気持ちが収まらないらしい女神さまがそこで口を挟まれます。
「命を奪うシロモノであろう。随分物騒なおもちゃだ」
「……オレは余計な命は奪わない」
「ほう? ご立派なことを言うておるが、さっきだって下手なその矢が的を外れて、そこのハリを傷つけはしなかったと言えるのか?」
「なんだと?」
「大きな口をたたきおるから、本当にそうなのかと確認しているのじゃ。言うほど御大層な腕なのかとな」