「それは悪いことですか?」
「良いとか悪いとかは誰にも決められんよ。わらわたちでさえな。じゃが人間は良い結果が出ても悪い結果に終わっても、自身の情動さえわらわたちのせいにするだろう?」

「人間はずるいのですか?」
「そうじゃな。弱いからずるくもなるのじゃ」
「戦の理由も神託のせいになるわけですね」
「……」
 そろそろ肌寒く感じ始めた夜気の中、女神さまは黙ってまた藍色の天空を見上げられました。




 農閑期を迎える前の農園は、木材に使える木の枝を切り落としたり、耕作に、麦の種まきにと大忙しです。ここで女神さまは意外な特技を発揮されました。牛の扱いが上手だったのです。
 重たい鋤(すき)をつけられ機嫌の悪い牝牛も、女神さまが小さな手で耳の下を撫でてやると、甲斐甲斐しく歩を進めて畑を耕してくれるのでした。

「おう、おう。やはり女子は健気じゃのう。偉い偉い」
 特技が八つになっちゃいましたね。
 女神さまは牝牛にやらせて楽をしていただけな気もしますが、日給をはずんでもらい軽い足取りで城内に戻って広場へと向かいました。

 余計にもらえた分でこっそり買い食いなんてしないでしょうねえ? 疑っていると、劇場に続く小道の方からとぼとぼ歩いてくるハリの姿を見つけました。
 教えて差し上げると、女神さまは大きな声でハリを呼びました。

「どうした? しょぼくれた顔をして」
「デニスが付き合ってくれねえ」
「しようがないのう。デニスは劇に夢中だからのう」
「ミハイルは仕事が終わるなり昼寝してるし、誰も相手してくれねえ」
 くるくる巻き毛の頭をかきむしり、ハリはそうとうイライラしているようです。

「しようがないのう。ほれ、おやつを買ってでかけよう」
「え、マジで?」
「岩場に行きたいのだろう。わらわが付き合ってやる」
「やった。ファニ、ありがとう!」
 見た目はハリの方が体もがっしりしていて少し大きいのですが、ぺったんこのお胸を反らしてふんぞり返っている女神さまをありがたがっているようすは愛嬌があります。

「よし、出発だ!」
 豆が少しとリンゴがふたつ入った袋を持ち、ハリは意気揚々と叫びました。




「ヤマウズラはもういないかな?」
「そうじゃのう」
「ヤマニンジンを採って帰ろうぜ」
「いいのう。それで豆とニンジンのスープを作ろう」
 俄然やる気を出して女神さまはきょろきょろ地面を見まわします。ああ、すっかり貧しい暮らしが板についてしまわれてっ。

 荒れ地にぽつぽつ点在している灌木のひとつの枝が音を立てました。とっさに目を向けると。そこからハトが飛び立っていきました。