「テオ。わたし……」
「戦には勝つさ。でもそれは、誰も死なないってことじゃない。だけど勝ちさえすれば、生きて戻れなかったとしても家族には戦勝金が渡される」
「テオ……」
「おまえは職に就いたことだし、デニスも劇団で重宝されてるみたいだ。ハリもミハイルもしっかりしてるから、おれがいなくてもやっていけるだろう」

「そんなことを言ってるんじゃない!」
 エレナがそんなに大きな声を出すのを初めて聞きました。崩れるような勢いでテオの前に膝をつき、エレナはきっぱりと言いました。
「テオが死んだらわたしも死ぬ」
「何言って……」
「テオがわたしの命を助けてくれたの。テオがいなかったら今わたしは生きてない。だからテオが死んだらわたしも死ぬ」
「それは極論だろう」
「だってそうだもの。テオが生きないならわたしも生きられない。テオにはそれだけ責任があるんだよ」
 ぴくっと目元を震わせテオはエレナにまっすぐ目を向けました。

「わたしたちを放り出さないで。最後まで責任とってよ。戦に出るのなら必ず戻ってきて」
「行かないよ」
「……え?」
「おれは志願しない。エレナが言ったように仕事があるからな」
「テオ……」
 そこで力が抜けたのか、エレナはもたれかかるようにテオの肩に両腕をまわして体を寄せました。

「どこにも行かないんだね?」
「行かないよ。おれは街にいる。どこにも行かない」
 エレナの肩越しに天井の隅の暗がりを見上げながらテオはつぶやきます。それに答えて「うん、うん」と何度も頷くエレナの瞳は潤んではいましたが、ちっとも嬉しそうではありませんでした。




「エレナもやりおるのお」
 あの後、間もなくしてつっかえ棒を外して扉を開けたもののテオに大目玉を食らった女神さまは、夕食抜きの憂き目にあい、深夜にはぐうぐう鳴るお腹をさすりながらおもしろそうに笑われました。
「責任、などと言い出すとは。なかなかずるいことをする」

「ずるいですか」
「アルテミシアが言っておっただろう。テオは責任感が強いから精一杯のことはする、と。テオのあの気性は本人にとってもまわりにとっても強みであり弱みなのじゃ。エレナはそこを突いたのじゃ。おのれのわがままのために」
「わがままですかあ」
「アルテミシアの存在を知って一度は身を引こうとしたが、それで欲が出たのかもなあ。もともとエレナは謙遜がすぎるゆえ大それたことは考えてなかっただろうに」