「母は私を連れて城内に戻り娼館に身を売りました。それでわたしを食べさせてくれたんです」
「え、でも。改革で市民が売られることはなくなったはず」
「実際にはそうはいかないのですよ。借金などなくても、その日食べることにも困るのなら、能がない女にできることは限られています」
「……」

「その母もやがて亡くなって。その母が死に際にわたしに言ったんです。早く逃げろって。自分と同じ仕事はさせたくないからって。逃げたって食べるあてなんかなかったのですけど、あんまり母が必死に言うから、わたしは娼館から逃げ出したんです」
「それで……」
「はい。路地裏で飢え死にしそうになってるところをテオが拾ってくれたんです。うちにはもっと小さな子どもたちもいるから、そいつらの面倒をみてやってほしい、女手がないからって」
「テオらしい言い方ね」
「そうですね」

「それじゃあ、あの男の子たちも?」
「ええ。詳しく聞いたことはないけど、みな似たようなものだと思います」
「テオったら……」
「わたしたち、テオに助けられてばかりいるんです。わたしはいざとなったら体を売ることだってできます。だけどテオはそれをさせてくれなかった。感謝をしてはいるけれど、何もさせてもらえないことが不満だった。わたしが何もできないからだって寂しかったんです」
「そう……」

「工房のお仕事を始めるときにだって自分でなんとかしようと思ったのに、結局テオに世話してもらって」
「あら、それは良いのじゃないの? せいぜいテオにお膳立てしてもらえばいいのよ」
「でも……」
「だてに処世術に長けてるわけじゃないのよ、テオは。交渉事なんて彼にとっては朝飯前よ。そんなに恩に着ることはないのじゃなくて?」
「そうでしょうか」
「家事労働という対価を払っているのでしょう。それならへりくだることはない。あなたは立派だわ」
「そんな……」
 頬を紅潮させてエレナは瞳を潤ませました。

「それにしてもあなた、テオのことが好きなのよね?」
「え、えええ!?」
「そうじゃないなんて言わせなくてよ。テオのことを語るとき、あんな顔をしておいて」
「そ、そんな……。お気に留めないでください。アルテミシア様」
「いいのよ、別に」

「わたし……正直に言いますと、アルテミシア様がテオの奥方になる方だからお助けしなきゃって思ったのかもしれないです」
「……なんですって?」
「アルテミシア様、おっしゃってましたよね。テオはきっと再起するって。わたしもそう思います。テオはこんなところにいていい人じゃない。アルテミシア様のような方が添ってくださるのなら、テオは必ず……」