そこで女神さまは目を瞠られます。聡明な女神さまはお気がつかれたに違いありません。あるはずもないことがいくつも起こっているのですから。

「まさか父さまの仕業なのか?」
「その通りですよー。女神さまを雲の上から蹴飛ばすなんてことできるの、あの方だけですよー」
「くっそー。あの腐れジジイめ!」
「そういうこと言うから、お仕置きを受けることになったのですよ」
「お仕置きじゃと?」
 女神さまは目を剥いてわたしを見据えます。
「うるわしの女神たるわらわがこのような姿になったのも?」
「はい」
「神力が使えぬのも?」
「はい」
「自分の名を名乗ることもできぬのも?」
「そうですね……多分、お力が使えないことと関連してでしょうね」
「…………」

 女神さまはすとんと肩を落としてしまわれました。ゆるんだ手のひらの間から抜け出して、わたしはぱたぱたと女神さまのお顔の前に行きます。
「わらわはさしずめ『名を秘められた女神』というところか。それはそれで、そそられるのう。くふふ」
 何を考えておられるのやら。

「えーとですね。それでは父神さまからのご伝言を伝えますよ」
「う、うむ。申してみよ」
「……うるわしの娘よ。そなたは神々の世界においても抜きん出て容姿に優れ、また聡明であるからといってちいと傲慢がすぎるようじゃ。おまえには慈愛というものが足りない。であるからして、しばし無力な人の姿で下界ですごしてみよ。いろいろ勉強になることであろう……ということにございます」

「へぇー…………ほぉー…………ふぅーん」
 とっても適当に相槌を打って、女神さまは目を細めて腕組をされます。
「そんな取って付けたようなことはどうでもよい。父さまのことだから、わらわが天上に戻るための条件を何か付けたはずじゃ。早く申せ」
 さすがわたしの光り輝く御方。女神さまはお見通しでいらっしゃいます。

「それはですね……今のお姿の貴女さまが、人間の男性に心から好かれたら、元のお姿に戻ることができるだろう、ということにございます」
「あっはっは。なんじゃそんなの。簡単、簡単」
 けらけら笑って女神さまはすっくと立ち上がります。
「どんな無理難題かと思いきや。父さまのアタマもさびがついたかのう。まっこと嘆かわしいことじゃ」

 すいすいと裏路地を戻り、合流した路地で出会った青年に声をかけます。
「やい、おまえ。わらわのことが好きであろう」