「…………っ」
 少しだけ顔を上げテオが据わった眼をのぞかせます。その眼を緑の瞳で捉え、女神さまはとっておきの優しい声を出しました。
「わらわがいるよ。ずっとおまえのそばにいてやる」
「ちんちくりんの棒っきれが」
「今はな。だが、おまえが愛をくれれば違う。わらわはエレナたちとは違う。ずっとずっとおまえのそばにいてやる。ずっと、抱いていてやる」

 こうやって、とふわりと女神さまは白い腕を伸ばされます。テオは一瞬身じろぎしたようでしたが、おとなしく女神さまの抱擁を受け入れたのです。今やテオは女神さまの胸の中。

「わらわにはそれができるから。もう何も考えなくていいように、こうして目をふさいでいてやる。わらわの声だけ聴いておれ。身も心も捧げてわらわがおまえを守ってやる。じゃから、テオ……」
 甘く甘く女神さまは命じます。
「わらわを好きになれ」

 うるわしのお姿はなくても、神の力などなくても。言の葉の力だけで、女神さまはテオを絡めとってしまおうと企てられたのです。
 追い詰められ、弱って脆くなった柔らかな心のひだをつまみあげてみせる、その手管もまた、女神さまの特技のひとつなのです。

 しばしの間、時が止まったかのようでした。テオは微動だにしません。女神さまはそろりと片方の手で彼の背中を撫で始めます。そのとき、パチッと、まるで熾火(おきび)がはぜるような音が小さく響きました。

「……っ」
 片腕はテオにまわしたまま、女神さまは不愉快そうにもう片方の手をご覧になっています。いったい何が起こったのでしょう。わたしがおそばに近づくのと同時に、女神さまの腕の中でぼんやりとテオがつぶやきました。

「エレナ……」
 すると、自分自身の声に反応するように、テオの瞳が見開かれます。
「言いすぎたことをエレナに謝らないと」
 夢から覚めたように身を起こしてテオは顔を上げます。
「…………」

 今度は女神さまのお顔が仮面のようになりました。ですがそれもほんの一時、女神さまは頷いて立ち上がりました。
「謝るなら明日にしろ。エレナはとっくに眠りのとばりの中じゃ」
「あ、ああ……。そっか」
 ようやく意識がはっきりした顔つきで、テオは瞬きしています。

「それで。工房で働くことは許してやるのか?」
 女神さまの意地悪な質問にテオの表情がまた硬くなります。
「おまえの許しなどいらないはずなのに、エレナは律儀じゃなあ」
「わかってるさ」