獲物を狙うような眼になって、女神さまは微笑まれます。
「出かけてくるから、おぬしはここで番をしておれ」
「ええええ、ぼくは留守番?」
「子どもたちとエレナだけでは不用心であろう。頼んだぞ」
 返事を待たずに女神さまは門の隙間から出ていっておしまいになりました。

「ちぇー。お手並み拝見とはいかないか」
 お供しようと飛び上がりかけたわたしは、耳を疑って弟君を振り返ってしまいました。
「だって、どうせあのお姿なのですよ。力だって封じられておいでなのですから」
「おまえはわかってないねえ、ティア」
 また唇を曲げて弟君は笑います。
「とくと拝見して、後で報告してくれよ」
「……はい」
 わたしは急いで女神さまの後を追いました。うしろから竪琴の穏やかな音色が流れてきました。




 いつぞやと同じ、城壁近くのプラタナスの木の影にテオはうずくまっていました。
「やい。そうやって泣いてれば、誰か慰めてくれると思うておるのか?」
「泣いてない」
 目の前に仁王立ちした女神さまを見上げた顔は、完全に仮面のようでした。星明りに照らされて青白く硬質なそれは、叩きつけるか踏みつけるかすれば粉々に砕けてしまいそう。女神さまテオをどうなさるおつもりなのでしょうか。

「そんなに腹立たしいか? 庇護するあやつらに背かれたことが」
「……」
「それとも傷ついたのか。いっちょまえに」
 テオは何も言わずに手で顔を覆います。
「おまえはいつもそうじゃ。庇おう、助けようとするのはただの自己満足じゃ。支えようとして実は自分が当てにしている。そうであろう?」
「わからない。でも。おれは、ただ……」
「寂しい奴じゃのう」
 さらに彼を追い詰めて女神さまはおっしゃいます。

「ひとりで立ってられないのはテオ、おまえだろう。だがな、エレナたちはおまえのために居るのではない。じきに皆おまえから離れていくよ」
「わかってる」
「わかっていない。だからおまえは怒ったのだろう。どうして自分の思い通りにならないのかと。自分勝手な男じゃなあ。嫌われて当然だ」
 言い返す気概も失ったのか、立てた膝に顔をうずめてテオは固く身をこわばらせてしまいます。かたわらに跪いて女神さまはさらに囁きかけました。
「おまえは、ひとりになるんだよ」