「ええい、いいから放せ。放さんか、このすっとこどっこい!」
 女神さまの罵倒もなんのその、少年は広場を抜けて居住区の方へと進んで行きます。
 しびれを切らした女神さまは、遂に空いている方の手のひらを少年の頭部に向かってかざしました。

 ところが、お力の御験(みしるし)である光球が発現しません。これにはさすがの女神さまも愕然としたごようすです。神が神たる証であるお力が発現できないとは。
 呆然とご自分の手のひらを見つめ、女神さまはそこでようやく大きな異変にお気がつかれたようでした。
 おかしいとはお思いになっていたに違いありません。女神たるお方が目の前を歩く少年の頭を見上げているのですから。

「待て。……待て!」
 先ほどまでとは異なる切迫した叫びに、少年は女神さまの腕から手は離さないまま立ち止まりました。
「なんだ?」
 振り返った少年に向かってご自分の胸を示しながら、女神さまは狂おしく問いかけます。
「そなた、わらわの姿をどう思う? わらわこそはうるわしの女神であるぞ。ほれ、どう思う?」

「……なにが『うるわしの』だ」
 心底呆れたようすで少年は鼻を鳴らします。
「貧相な胸のちんちくりんが」
 なんともまあ、女神さまに負けず劣らず悪口が上手なようです、この御仁は。

「行くぞ、ガキ」
 もはや言い返す余裕もなく、女神さまは小さくなったおからだを少年に引きずられていきます。
「な、な、なんじゃ、こりゃああぁぁ!!」
 女神さまの絶叫が再びこだましました。




 迷路のような住宅区の路地を少年は足早に歩いていきます。女神さまも青ざめたお顔でおとなしく引きずられていきます。
 女神さまにおかれては「ちんちくりん」と言われたことがそれはそれはショックだったごようすです。

 金髪の少年は更に裏路地を進み、居並ぶ家屋の中でも更に小さく粗末な家の中へと入っていきます。
 入り口を入るとすぐ中庭で、その井戸端で食器の片づけをしている少女がひとりいました。

「エレナ」
 金髪の少年が呼びかけます。この黒髪の少女はエレナという名前らしいです。
「テオ? なにか忘れ物?」
 顔を上げた少女は少しびっくりしたようにきょとんと眼を丸くしました。金髪の少年はテオっていうのですね。

「すまない。これとこいつを置いてくからよろしく頼む」
「わあ、リンゴがいっぱい……この子は?」
「このリンゴの代金分こき使ってやれ」
 それだけで事の次第を察したふうで、エレナという少女は微笑んで頷きます。
「おれは急がなきゃ」
「うん。行ってらっしゃい」