その夜、帰宅したテオにいつになく硬い表情でデニスが何か相談していました。寝床でうとうとしている女神さまに言われ、わたしはふたりの話を聞いていました。
なんでも、あの禿ちょろびんの男性が、そんなに芝居が好きなら手伝いをしないかとデニスを誘ってくれたのだそうです。俳優はみな市民で雑事には手を回しません。かといって専用の家事奴隷を置くほどでもない。デニスの時間が空いているときでいいから溜まった雑用を片づけてくれるのなら、その分の日当は払ってくれるというのです。悪い話ではないでしょう。
デニスはおずおずと、通っている家の仕事を減らしてもらってでも、劇団の仕事の方に行きたいとテオに相談したのです。テオは首を横に振りました。今請け負っている仕事はきちんとこなすべきだと。
ここで他の二人の子どもたちがデニスに加勢しました。特にいちばん年下のミハイルは、自分は仕事が早くなったからデニスの分の仕事を手伝うとテオに訴えました。
それならとテオも考えたようで、どこの仕事だろうときちんとするように、と念を押してデニスに劇団を手伝う許可を出したのです。
この話に誰よりも驚きを示したのはエレナでした。
「すごいなあ、デニスは」
篭を抱えて城外の農園へ向かいながらエレナはぽつりとつぶやきます。
「自分のやりたいことをやれるんだね……」
「エレナだって、壺絵を描いてみたいのだろう。弟子入りでもなんでも頼んでみれば良いではないか。その女職人に」
「うん……」
歯切れ悪く頷き、エレナはでも、と反駁します。
「テオは許してくれるかな」
「そなたがやりたいことをするのにテオの許しが必要なのか? 家主ではあっても父親ではあるまいに」
女神さまの言いようにエレナは驚いて目を見開きました。
「だって……」
「だってもさってもない。居候でも自分の食い扶持は自分で稼いでおるし家事だってしておる。少しくらい自分の主張をしたって罰はあたらないぞ」
「そ、そうかな……」
目を潤ませてエレナは頬を染めます。
「いいのかな、わたし。陶磁器のお仕事がしたいって言っても」
「もちろん、言うだけならタダじゃからなあ」
無責任に大口を開けて、女神さまはからからとお笑いになったのでありました。