女神さまはぜいぜいしながら小道を走り出しました。途中で道からはずれて舞台の裏手へ向かいます。目に飛び込んできたのは、
「デニス!」
 関係者に見つかって咎められているのか、大柄な男性に腕をつかまれ身をよじっているデニスの姿でした。
「いかん。デニスの危機じゃ!」

 女神さまはその場で立ち止まり素早くサンダルを脱ぐと、手に持ったそれをあざやかに二連投なさいました。デニスともみ合っていた男性の側頭部に、サンダルが左右ふたつとも命中します。
 威力はたいしたことはないようでしたが、驚いた男性はデニスの手を放して尻もちをつきました。その男性に向かって突進した女神さまが足の上に乗り上げて頭をぽかぽか殴ります。

「やい、禿ちょろびんめ! デニスに何をするのじゃ!」
「なんだ!? このちんちくりんは」
「誰がちんちくりんじゃあああ!」
 まあまあ。ちょっと落ち着きましょうよ。
「わかった、わかった。ちんちくりん様。まずは膝の上から下りてくださいよっと」
 ひょいっと女神さまのおからだを持ち上げて脇にどかし、男性は立ち上がりました。

「この小僧を叱ってたわけじゃあ、ありません。用があるのかと尋ねたかっただけでございやす」
 わざとらしく芝居がかった動作であごを持ち上げ、否定の意を示します。
「わらわの勘違いだと申すか。こともあろうにわらわをちんちくりん呼ばわりしおってからに」
「そちらさんこそ、禿ちょろびんはひでえですよ」
 本当のことですけど、と男性はおどけて自分の頭のてんこを撫で上げます。そのしぐさに、当のデニスがぷっと吹き出します。

「これデニス。何がおかしい。わらわはおまえを助けようとしたのに」
「ごめんよ、おじさん」
 笑いを引っ込めて真率な表情になり、デニスは素直に謝りました。
「おいら、覗き見してたのを怒られるのかと思って怖くて」
「そんなことで叱りやしない。ましてや芝居を見るおまえの目は狡(こす)いものじゃあ、なかったからな」
 それまでの芝居がかった態度を改め、男性は穏やかにデニスに向かいました。そこへ女神さまが割り込みます。

「そうじゃデニス。これから肉を食おうというときに、どうしてここへと来たのじゃ」
「祭日の朝にリハーサルをするって聞いてたから。それならこっそり芝居を見れると思ったんだ。おいら、芝居を見てみたかったんだ」
「芝居が好きなのか?」