「な、なんてこと言うの! ファニなんか知らない!」
 エレナは手で顔を覆って部屋の中へと逃げ込んでしまいます。
「あっはっは。おもしろくなってきたのう」
 女神さまは腰に手をあて、ぺったんこのお胸を反らせてからからと笑っておられます。何がそんなに楽しいのでしょうか。しようのない方にございます。




 陶磁器作りをする家が多い陶工区のはずれの空き地では、供物台の炎が赤々と燃えあがり、料理が振る舞われる天幕に人々が集まってきておりました。
 一足先に物色してこいと女神さまに言われ、上空を一回りしたわたしは狭い路地に戻って女神さまのお姿を捜します。テオの家の子どもたちと一緒に歩いているはずですが。

 いたいた。工房の家の中庭を覗き込んでいるエレナを、少し離れた場所から女神さまと子どもたちがじとっと見ています。
「おーい、エレナ。腹が減ったぞ。早く行こう」
「う、うん……。ごめんね」
 謝りながらもエレナはまた違う工房の庭を首を伸ばして眺めています。

「なんなのじゃ。おまえはそんなに陶器が好きなのか?」
 女神さまはそうお尋ねになりましたが。絵付けのまだされていない大きな壺が並んでいるのを眺めたエレナの表情は、なんだか残念そうです。
「わたし、壺やお皿の絵を見るのが好きなの」
「確かに、おもしろい絵もあるな」

「前にこのあたりで、女の人が絵を描いているのを見かけたの」
 歩きながらエレナは熱っぽいまなざしで語ります。
「女の職人さんかな、すごいなって思ったの。男の人と同じようにお仕事をしてるなんて……」
 女神さまはやさしくエレナに問いかけました。
「エレナは絵を描いてみたいのか?」
「わたしにできるかどうかわからないけど」

 ふたりの微笑ましいようすは喜ばしいのですが、わたしはさっきから気になっていることがありました
「ねえ女神さま。ひとり足りないようですが」
 耳元でこそっと囁くと、女神さまは目をぱちぱちして後ろを振り返りました。女神さまより少しだけ低い位置にある子どもの頭がふたつ。

「デニスがおらんぞ」
 女神さまのお声とともに皆が顔を見合わせます。
「いつの間に」
「どこ行ったんだ?」
「…………」
「とにかく、捜そう」
「はあ?」
 エレナが言うと、女神さまはたまりかねたように頬を膨らませました。
「なんじゃ、もう。一刻も早く肉を食らいたいというに。デニスのことなど放っておいて先に……」
「そんなのだめだよ!」