「あっ、だめ……。もっと優しく……」
「す、すまない」
「もっとそっとでいいの」
「そ、そうか。……こうか?」
「うん。いい感じ。じょうずだよ、テオ」
「エレナの教え方がいいからだ」
「ぬるぬるしてきた? そしたら今度はこう、指で押してみて」
「動かしていいのか」
「うん。力を入れて突いて」
「よし」

 テオとエレナのひそやかな会話が聞こえたのか、中庭の木陰で昼寝をしていらした女神さまが飛び起きました。じとっとふたりを見やってお尋ねになります。
「おまえら、何をしてるんだ?」
「なにって……」
「パンを作ってるんだよ」
 お椀の中の生地をエレナが女神さまに見せます。
「なんじゃ、つまらない」

「つまらないとはなんだ。リュキーノスがくれた貴重な小麦だぞ」
「いつも食べてる大麦のパンより、柔らかくておいしいのですって」
 話しながらエレナが今朝農園でもらったブドウの汁を生地に混ぜ込みます。興味をひかれたのか、女神さまは立ち上がってエレナのそばへと移動しました。
「パンを作るからブドウ液をもらったのか」
「そうだよ。これでしばらく放っておくと生地が膨らむのですって」

 こねた生地を丸くした後、エレナはよし、とお椀を置いて、今度は井戸の横で洗い物を始めました。
「明日は祭日でしょ。陶工区では豚を捧げるんだって。お肉が食べれるよ。ごちそうが続くね」
「豚より牛がよかったのう」
「贅沢言うなっ。おまえはこの間、魚にありついただろう」

 ぱしっとテオに頭をはたかれ女神さまは不満そうに口を尖らせます。それにはかまわずにエレナに「出かけてくる」と言い置いて、テオは路地へと出てゆきました。

 横目にそれを見送って、女神さまは重く口を開かれます。
「なあ、わらわは思うのだがな……」
「うん」
「いくら居候とはいえ、皆よく働いているのに、食べるものがないのはテオがいつも人助けに金を使ってしまうからではないのか?」
 エレナは布で手をふきながらくすっと涼し気に微笑みます。
「でもそれが、テオだから」
 柔らかにほころぶエレナの表情を見上げ、女神さまはじとっと目を細めます。

「なんだ、なんだ、甘いことを言うてからに。さてはおまえ、テオが好きなのだろう」
「え……っ」
 あからさまに狼狽してエレナは頬を真っ赤に染めます。
「ふっふっふ。なるほど、われらは恋敵ということじゃな。いや、別に。共用でもかまわないのじゃぞ。そなたとなら」