広場の片隅、こんもりと積まれたりんごの中に女神さまは突っ込みました。
 りんごの山の中で窒息しそうになりながら、手足をジタバタしてどうにかこうにかしておからだを上げられます。
「なんじゃ? どうなっておるのじゃ?」
 今の今まで見下ろしていた下界にいるのです。そのことには気がつきはしたものの、どうして御自分がこのような目に合われているのかわからないごようすです。

「それはこっちのセリフだ!」
 リンゴの持ち主の中年の男性が顔を真っ赤にして怒鳴っています。
「このガキ、どっから降ってきやがった」
「なにおう? わらわに向かってなんという口のききかたじゃ。この鼻でかが」
 人の悪口は女神さまの七つの特技のひとつです。

 もちろん男性は怒り心頭でぐいっと女神さまの片腕を取りおからだを引っ張り上げました。
「売り物のリンゴを駄目にしてくれたんだ。体で払ってもらうぞ」
「こいつう、言ってわからぬのなら……」
 すぐに力で解決しようとされるのも、女神さまの七つの特技のひとつです。

 女神さまがもう片方の手を振りかざしたとき、三人目の声が割って入ってきました。
「おっさん、許してくれよ」
「あ?」
「そいつが駄目にしたリンゴを買い取るから」
 明るい金髪の少年が、手にしていた篭を足元に置いてこぶしを突き出しています。
「より分けてこっちに寄越してくれ。これで足りるだろ」

 広げた手のひらからお金を受け取り、でか鼻の男性は女神さまの腕を放しました。すとんと地面に下りた女神さまの二の腕を、今度は金髪の少年がしっかりと握ります。

「なんの真似だ?」
「なにが」
「放さぬか、無礼者」
「おい、口のきき方に気をつけろ。おれは今、おまえのご主人様になったんだぞ」
「な……っ」
 あまりのことに女神さまは言葉を詰まらせ、口をぱくぱくしています。

 その間にリンゴでいっぱいになった篭を小脇に抱え、少年は女神さまを引きずってずんずんと歩き始めました。
「こら、放せと言うに! わらわをどこに連れていくつもりじゃ」
「どこに連れてこうが勝手だろ。おれがリンゴの代金を払ってやったからおまえは売られずにすんだ。つまり、おれがおまえを買ったんだ」
「なんじゃ、それはああぁぁ!」
 女神さまが目を白黒させるのも仕方ないでしょう。女神たる御身がリンゴごときの値段で売り買いされてしまったのですから。