「自己紹介してなかったな」
 男性がおもむろに口を開きました。
「俺はリュキーノス。テオのまあ、兄貴分だ」
 リュキーノスと名乗った男性は大きな手のひらでテオの金髪の頭をぐりぐりしました。肩まで揺られて、先ほどピンをはずした衣が落ちそうになってしまいます。

「お、ブローチ使うか?」
 まったくもって親しげにリュキーノスが自分の肩先からブローチをはずそうとしましたが。
「いや。持ってる」
 テオは自分の袋の中からブローチを取り出しました。あまり目にしたことのない文様入りのそれで、テオは肩の布を留めます。何故かリュキーノスは瞳を和ませ、女神さまは目を細めてそのようすを眺めておられます。

 そんな一同の前に給仕の男性が料理を運んできました。大きな深皿に茹で上がったタコがてんこもりになっていました。オリーブとレモンのさわやかな香りがします。
「おお。タコではないか」
「ああ、スズキも焼いてもらってるからな。たくさん獲れたから皆にふるまってやろうと思って」
「リュキーノスというたか。テオの兄貴分とも思えぬ豪気な男じゃのう」
 調子よく持ち上げて女神さまは食べてもいいかと目を輝かせます。
「たくさん食え」
 女神さまは嬉しそうに湯気を立てるタコの足を頬張りました。

 女神さまが満足そうにお腹をさする頃には、荷揚げ倉庫の中の荷物はいっぱいになっていました。貨物船も次から次へとやってきます。それを眺めやりながらリュキーノスがテオに尋ねました。

「クレーンといったか? 重い荷物を持ち上げられるとかいう」
「ああ。設置を急いではいるらしいが、木材の買い付けが間に合わないのだろう」
「だが金ならあるしな。銀山さまさまだ」
 にやりと笑うリュキーノスに対してテオの表情は暗いです。
「これでいいのだろうか」
「大事なことは神託が教えてくれる」
「本気でそう思ってるか?」
 問われてもひょいっと肩をすくめただけで、リュキーノスは盃のワインを飲み干しました。

「腹も膨れたし帰るとするか。小麦はしっかり持ったか?」
「ああ」
 テオが腰に付けた袋を示します。
「ひき臼の性能にもよるようだ。試して教えてくれ」
「わかった」
「そのうち俺の街を見に来いよな」
「俺の街、か」
「ああ。俺の街だ」
 リュキーノスは自信たっぷりに笑いました。