その日、明け方前にテオに連れられ城壁の外に出られた女神さまは、たいそう機嫌が悪うございました。
「どうしてわらわがおまえの共をしなくてはならぬのじゃ」
 布で包んだ荷物を持たされてぷりぷりしておられます。
「それはおまえがいちばん生産性がないからだろうが」
 二三歩先を歩きながらテオが口を曲げます。
「わかるか? 生産性。つまりおまえはクソの役にも立たないということだ」
 ほんとにまあ、口の悪い御仁です。

 しかし女神さまはそんな言われように返答なさいませんでした。ちょうど小高い起伏の丘を上り切ったところで、目前に広がった景色に目を奪われていたからです。

「海だ……」
 守護神の勤めとして日々雲の上から下界を見守られていた女神さまにとって珍しい光景ではありません。ですがこうして地に足をつけて眺める景色はまた違った風情を生み出すようにございます。
 水平線から姿を現したばかりの日の光が絶妙な角度で波頭を輝かせています。湾を取り囲む丘陵の新緑は朝の日差しの中で煙ったように穏やかで、海岸線をかもめが飛び交っています。凪いだ湾内の向こう岸から帆をもった小さな船が進んで来ます。

「急ごう。朝一に到着する船を捕まえたい。たぶんあれだ」
 テオに急かされ更に不機嫌そうに頬を膨らませながらも、女神さまはなだらかな坂道をさくさくと下り始めました。




 既に活気が出ている港町では人々が大きな屋根を持つ荷揚げ倉庫に向かっていきます。石を積んで木で囲った波止場では荷揚げの準備が始まり、海上を丘の上から見たのとはまた別の貨物船が近づいてきています。

 その人の流れから少し逸れてテオは天然の船着き場に着いた小船の方へと向かいます。
「テオ!」
 帆を畳んでいた男性が大きな声で呼ばわります。応えて手を上げたテオが船のかたわらに行くと、男性は身軽に船上から陸へと下りてきました。
「ちょうど着いたようだな」
「あんたは朝一番と言ってたからな」
「ああ、そうだ。なんでも一番は気持ちがいいからな」

 肩を揺らして笑い、男性はテオの後ろの女神さまに目を止めました。
「なんだ。そのちっこいのは? 新しい家事奴隷か?」
 そんなことを言われて女神さまがお怒りにならないわけがありません。目を剝く女神さまの口を慣れた態でふさいでテオは首を振ります。
「こいつはファニ。うちの居候だ」
「なんだ? また面倒見てる子どもを増やしたのか? 教師にでもなるのか、おまえは」
「それもいいかもな」