「おまえ……」
「エレナはおまえに腹いっぱい食わせたかったと言うておった。軽々しく身を売ろうとしたわけではない。できることがあるならやろうと決心しただけじゃ。それを憐れと片づけるのは傲慢だ」
 きっぱり言って、女神さまはずいっとテオにパンを差し出されます。
「わらわもそうだ。願いがあって、やろうと思った。わらわがそうしたかったのじゃ。わらわが願って、そうしたのじゃ」

 テオはぷいっとパンから顔を背けます。
「わらわの願いのパンを食べてはくれぬのか」
 女神さまが寂しそうにつぶやかれたとき、ぐうっとテオの腹の虫が鳴りました。
 とたんに女神さまはしんみりした空気を取っ払い、大口を開けて笑い出しました。
「あっはっは。意固地なおぬしでも腹の虫は正直じゃのう」
「うるさい……っ」

 頬を染めているらしいテオに女神さまは改めてパンを差し出されます。
「かようなことは二度とせぬと誓うから、意地を張らずに食べておくれ」
「…………」
「な?」
「仕方ない。パンに罪はないからな」
「そうじゃ、そうじゃ。パンは食べられるためにある」
 やせ我慢していたのでしょう。テオはパンに手を伸ばすと二個目、三個目とあっという間に腹に納めていきます。

「うまいか?」
「ああ。パンはうまい」
 目元を軽くこすった後、テオは微妙に女神さまから目線を反らしながらつぶやくように申しました。
「……ありがとな」
 女神さまは目をぱちくりした後、にたりと微笑まれます。
「なんじゃ、そなた。かわゆいではないか」
 まったく、優しいかと思えば意地が悪い御方なのです。

「おお、そうじゃ」
 良いことを思いつかれたように女神さまは目を見開かれます。
 くいっとテオに向かって顔を近づけ、女神さまは高らかに宣言なさいます。
「テオ。そなた、わらわを好きになれ」
「はあっ!?」
「わらわの身近にいる男はそなたくらいじゃ。おまえがわらわに惚れるのがいちばん手っ取り早い。どうじゃ? 身を粉にしてパンを授けたわらわに既に惚れたのではないのか? うん?」
「調子にのるな! ちんちくりん!!」

 テオの叫びはしごくまっとうにございました。まったくこの御方は、一時は輝かしいお姿にわたしも感動したというのに。
 わたしはプラタナスの梢の影から、テオが猫の仔を吊るすように女神さまにガミガミ説教するのを、欠伸をかみ殺しながら見守っていたのです。