「ふん。帰ってきても寝床はないと言ってやれ」
「テオったら……」
 憎まれ口をたたくテオがいちばん寂しそうだということを、エレナはお見通しのようでした。わたしも、感じるのですよ。テオは少しは、女神さまを憎からず思っていたのかな、なんてね。

 どちらにしても女神さまご本人は街にいる間、ちくっとやもやっとを感じておられたのではないでしょうか。それがあったから父神さまからお許しをもらえたのではないでしょうか。そしてやっぱり少しは、建前であった男性に好かれるという課題を達成できていたのではないかと思うのです。




 冬を越えて少したくましくなった子どもたちは、相変わらず元気に働いています。劇場に通うデニスも、仕事の合間に弓矢を持って岩場にでかけるハリも。

 ハリの弓の師匠であるミマスは戦の後、護衛の弓兵としての給金をたっぷりもらい、リュキーノスからの褒美の立派な馬に乗って故郷へ帰っていきました。戦はどこの地でも行われています。ひとまず故郷で休んだら、また傭兵志願に国々をまわると話していました。

 子どもたちの中でもポロはぐんと背が伸びて、急に勉学にも励むようになりました。文字の読み書きを覚えた彼は、銀山の労働を卒業し、テオの近侍のような立場になっています。たいした出世です。ポロが彼の故郷に帰る日も、そう遠くないかもしれません。

 わたしがこうしてようすを見に来るたびに嬉しそうな顔をしていたミハイルですが、実は近ごろ、わたしの姿に気がつかないことが増えていました。だんだん見えなくなる。そういうものなのでしょう。こちらとしては寂しい気もしますが、これが彼の成長ならばしかたがないです。

 冬の吉日に盛大な婚礼で嫁いだアルテミシアは、今は名家の主婦として手腕をふるっています。豪華な金茶の巻き毛をすっきりと結い上げた姿は、これまで以上に凛として頼もしいです。

 アルテミシアが宣伝してまわったおかげで、エレナの名前はあの聖衣の模様を考えた者として知られるようになりました。ピリンナの人物画とエレナの文様を合わせた陶磁器の絵は、貿易先の富裕層にも気に入られ、エレナは街の稼ぎ頭となったのです。

 正式に成人したテオは、議会議員選挙への立候補を考えているようでした。当選は確実視されていて、いよいよここから、テオの本当の戦いが始まるといえるでしょう。戦場の英雄ではなく、街を代表する名士になるために。