高二の夏休み。ヒロの部屋に泊まっていた私は、深夜にヒロがベッドからおりる気配を感じて目を開けた。
「ヒロ、メッセージ誰から?」
私に背中を向けてスマホをいじっているヒロに訊くと、肩が大きく跳ねた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「大丈夫。ねえ、誰?」
しつこく問い詰めてしまったのは、昨日からずっともやもやしていたせいだった。デートの約束をしていたのに、ヒロにドタキャンされたのだ。
初めてではなかった。ヒロはたまに急用が入ったと言ってくる。用事なら仕方ないけれど、昨日は会えそうだったら連絡すると言われたきり、深夜までヒロからのメッセージが届くことはなかった。
「友達だよ」
「でも……女の子だよね?」
ずっと抱いていた疑念を初めて口にする。
昨日だけじゃない。用事を済ませたヒロと会ったとき、そしてヒロの部屋に入ったとき、必ずと言っていいほど慣れない匂いをかすかに感じていた。
それでも、否定してほしかった、のだと思う。
匂いだけで確証はない。全部私の勘違いであってほしい。そんなわけないだろって、男だよって、メッセージの画面を見せて安心させてほしい。
そんな私の願いも虚しく、ヒロはあからさまに目を泳がせてから俯いた。
「……ごめん」
否定してくれなかったことに愕然とした。
私とのデートの約束より、他の女の子を優先したってこと?
ショックだった。たとえ本当に友達だとしても、さすがにそれはない。いくらなんでもひどい。それに──香りが移るくらい近距離で接していたということだ。
「昨日のデート、ずっと前から約束してたじゃん」
「ほんとごめん。でも相談聞いてほしいって言われて……」
「私、ずっと楽しみにしてたんだよ。なのに他の女の子と会ってたなんてひどい。もういい、帰る」
布団から出て床に散らばっている服に手を伸ばすと、その手をヒロに掴まれた。振りほどこうとすればするほどヒロは手に力を込める。そのまま腕を引かれて後ろから抱きしめられた。
「ほんとごめん。俺、どうしても友達ほっとけないんだよ……。けど、夏帆を悲しませるようなことは絶対してないから」
「そんなの信じられないよ。離して」
「わかった。もうふたりで会ったりしないから許してほしい。俺には夏帆しかいない。夏帆じゃなきゃだめなんだよ……」
ヒロが震えていることに気付き、ためらいながら振り向いた。
するとヒロは、唇を結んで涙をこらえている私の頬に触れて、少しずつ、顔を近付けた。
「俺が好きなのは夏帆だけだから。信じて」
そんな言い方、ずるい。
そう思ったのに、顔を背けることはできなかった。
「……もう絶対にしないって、約束して」
ちゃんと声に出せていたのかは、わからなかった。