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受験を終え、私たち四人は無事同じ高校に進学できた。といっても私と凪紗は普通コースで、ヒロと湊くんは専門コース。同じクラスになることは絶対にない。だけど、生徒数が多いわけでも校舎が分かれているわけでもないから、たまに見かけることはある。
「いいの? あれ」
高校生になって初めての夏。昼休みの食堂で、凪紗が眉をひそめて指さしたのは、ヒロが女の子と話している姿。
学校生活を間近で見るようになると、ヒロの人気者ぶりは私の想像以上だった。いつも大勢の友達に囲まれていて、この三か月間ひとりでいるところなんて見たことがない。話しかけるタイミングを見計らうだけでひと苦労だ。
人気者の彼氏、という点だけなら誇らしいのだけれど。
気がかりなのは、その輪に女の子もいること。話している、という範疇に収まらないくらい仲がよさそうに、それはそれは仲がよさそうにべたべたくっついている。
「夏帆の分も買っとくから行ってきなよ。A定食でいい?」
「……うん。ごめん、ちょっと行ってくる」
凪紗に背中を押されて、そろそろと歩いていく。
「ヒロ」
みんなの視線が私に集中する。入り混じる香水の匂いに頭がくらくらした。
ヒロの友達は派手な人が多いからちょっと怖い。せめて湊くんもいればまだ気が楽なのに、今日は一緒じゃないみたいだ。
「ちょっと来て」
ヒロの腕を掴んで、返事を待たずに輪から抜けて、食堂の隅っこに移動した。
「またあの子と一緒だったね。美波ちゃんだっけ」
美波ちゃんはヒロのグループで、明るい髪色のショートカットがよく似合う綺麗な女の子。入学当初からふたりはやけに仲がいい。席が隣で話すようになったとは聞いていた。
一度は納得したものの、あのいちゃつき方はどう考えても〝席が隣のクラスメイト〟のレベルじゃない。
「席替えでまた隣になってさ」
「でも、その、仲よくしすぎじゃないかな、って」
ヒロはきょとん顔で首を傾げた。
「もしかして妬いてんの?」
「そりゃあ……妬くでしょ」
素直に認めると、ヒロはついに「ぶ!」と噴き出して、公衆の面前なのもお構いなしに私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「可愛いなあ夏帆は。心配する必要ないって。俺が好きなのは夏帆だけだし、これからも夏帆しか好きになんないから」
そういう問題ではないのだけれど、私はこの笑顔と仕草と言葉……つまり、ヒロの全部にとことん弱い。
完敗した私は、釈然としないまま凪紗のもとへ戻った。
ちょうど席に着いたばかりらしい凪紗の隣に座り、はあーと盛大なため息をつく。
「喧嘩にでもなった?」
「喧嘩はしてないけど……友達と話してるだけで妬くなんて、私の心が狭すぎるのかもとか思えてきちゃって」
ヒロはびっくりするくらい優しくて一途に想ってくれていて、私たちの付き合いは順調そのものだった。
なのに、些細なことでめちゃくちゃ不安になってしまう。付き合うって難しい。
「あれ、言ってなかったっけ? 美波ちゃんってヒロくんの元カノだよ? 中学のとき何回か会ったことある」
「は?」
危うくテーブルをひっくり返すところだった。なにが『席が隣で話すようになった』だ。
私、嘘つかれたってこと?
放課後、ヒロを問い詰めるよりも先に廊下で美波ちゃんと鉢合わせた。
いつも遠目に見ているだけだったけれど、近くで見ると本当に美人だ。それに背が高くてスタイルもいいから、同じ制服を着ているはずなのに不思議とお洒落に見える。およそ欠点というものが見つからない。
ヒロ、こんなハイレベルな子と付き合ってたんだ……。
私の視線を感じたのか、スマホをいじりながら歩いていた美波ちゃんは顔を上げて立ち止まった。
「ヒロの彼女だよね?」
まさか話しかけられると思わなかった。
美人の真顔は迫力がすさまじく、つい気圧されてしまう。思わず後退しそうになった足にぐっと力を入れて、なんとか持ちこたえた。
「……そうだけど」
「ずっと言いたかったんだけど。睨んでくるのやめてもらえる?」
睨んでなんかいない。ていうか、なんでそんな言い方されなきゃいけないの?
さすがにカチンときた。正直かなり怖いけれど、そっちがそうくるなら私にだって言いたいことはある。
ごくりと喉を鳴らして、
「ヒロと付き合ってたんだよね?」
「そうだよ?」
あまりにもけろっと言うから唖然としてしまう。
気を取り直して、背が高い美波ちゃんに負けじと背筋を伸ばした。
「あの……もうヒロと関わらないでほしいの」
「え、普通に無理でしょ。同じクラスで隣の席なんだけど」
「そうじゃなくて……。あんまり、その、くっついたりしないでほしいの」
美波ちゃんが表情を歪めた。声に出さなくても『うっざ』と思われていることが丸わかりなくらい思いきり。話しかけてきたのは美波ちゃんなのに。
「あたしに言ったところで意味ないよ。ヒロってそういう男だから」
「……どういう意味?」
「そのうちわかるんじゃないの。とにかく、あたしとヒロがより戻すことは百パーないから。悪いけどもう睨んでこないで」
意味がわからなくて、すたすたと去っていく美波ちゃんの後ろ姿を呆然と見送ることしかできなかった。