友達には『あんたらなんなの?』と呆れられていたけれど、それが当時の私と銀ちゃんの形だったのだと思う。別れと復縁を繰り返しながらも、なんだかんだでこのまま銀ちゃんとずっと一緒にいるのかな、と思っていた時期もあった。
だけど一緒に大人になることはなかった。
思い出すだけで、胸がぎゅっと締め付けられる。
「俺ら喧嘩ばっかしてたよなー」
二杯目のビールを半分くらい飲み干した銀ちゃんは、もう頬が赤くなっていた。
「銀ちゃんがすぐ怒るからじゃん」
「おまえこそ俺がちょっと連絡しなかったり放置しただけですぐキレてただろ。そのくせ喧嘩したら俺の連絡シカトして、やっと繋がったと思ったら『もう別れる!』って。どんだけ我儘なんだよ」
「だって……銀ちゃん怒り方が尋常じゃなかったんだもん」
銀ちゃんは気性が荒くて、ちょっとしたことでブチギレる人だった。私も短気だから人のことは言えないのだけど。
「それにしてもおまえ、なんでそうなるんだよって俺が訊いてもよくわかんねえ理由ばっか言ってたよな」
「そうだっけ?」
「そうだよ。もうあんまり覚えてねえけど、とりあえず支離滅裂だったのは覚えてる」
私ははっきり覚えている。だけど銀ちゃんがわからないのは当然だろう。
支離滅裂だったのは、本当の理由を言いたくなくて、その場の怒りと勢いに任せてとっさに取り繕った言い分だったのだから。
つまり銀ちゃんはわからないじゃなく知らないが正解なのだ。
「でも、銀ちゃんから別れようって言ってきたことだってあるじゃん」
「俺は……俺らこのままでいいのかって必死に考えて、おまえのためを思ってそういう結論になったんだよ」
私から別れを切り出すのは、さっき銀ちゃんが言っていた通り、表面上は喧嘩の延長。そして銀ちゃんから別れを切り出すのは、主に『俺はおまえにふさわしくない』と『おまえを幸せにできるのは俺じゃない』というふたつの理由だった。
銀ちゃんは口元を手で覆って、物思いにふけるように顔を斜め上に向けた。
この癖も変わらない。
「柑奈のこと、めちゃくちゃ好きだったから」
普段は〝おまえ〟と呼ぶくせに、ここぞという場面では〝柑奈〟と名前を呼ぶ。
銀ちゃんは本当にあの頃のままだ。
そう思ってくれているのはわかっていた。言葉にはしてくれなかったけれど、ちゃんと伝わっていた。だからこそ私は『別れる』と簡単に口にできたのだろう。
銀ちゃんに甘えていたんだな、と改めて思う。
「……うん」
どちらにせよ、当時の私たちは感覚が麻痺していたのだと思う。『別れる』という言葉をあまりにも簡単に使いすぎていた。
ちゃんと重く受け止めていたのは、口にするのをためらうことができたのは、何回目までだっただろう?
一回目はふたりで泣いた。一度別れたらもう二度と戻れないと思っていたからだ。だけど一か月も経たないうちに銀ちゃんから『やっぱり柑奈が好きだ』と言われてよりを戻した。たしか二回目も泣いた。たぶん三回目も泣いた気がする。〝別れる〟ということに慣れつつあったけれど、三度目の正直で今度こそ本当に終わりかもしれないとも思った。
だけどあっさり戻ったから、完全に慣れてしまった。
そして、お互いに引き留めなくなった。
一か月だったり一年だったり期間はまばらだったけれど、しばらくしたら銀ちゃんが『やっぱり柑奈が好きだ』と言ってくれることも、私から戻りたいと言えば受け入れてくれることもわかっていたからだ。銀ちゃんもたぶん同じ理由プラス意地とプライドだったのだと思う。
とにもかくにも、そうして周囲に呆れられる迷惑極まりないカップルが爆誕したのだった。
ただ、どれだけループしていてもいつか終わりは来るもので。
高校卒業を目前に控えた冬。私は進学、銀ちゃんは就職と、別々の道を歩むことになった私たちは本当に終わった。
「なあ、柑奈」
銀ちゃんはグラスをテーブルに置いて、真剣な眼差しで私を見つめた。
「最後に別れたとき、俺ほんとは別れたくなかったんだよ。けど、おまえにかっこ悪いとこ見せたくなかったから言えなくて……それに、おまえとはまたいつか絶対に会えるって信じてたっつーか」
それはなんとなく感じていた。銀ちゃんはまたすぐに戻れると思っていたのだろう。喧嘩をしたわけでもないのに私が別れを告げたとき、やっぱり引き留めてはこなかった。そして(今『またいつか』と言ったわりに)たったの一か月後に『会えないか』と連絡してきた。
だけど私はそれを断った。もう二度と戻る気はなかったからだ。
そう。四年前に、私と銀ちゃんの物語は幕を閉じているのだ。
「ごめん。私もう行かなきゃ」
「え? もう?」
お店に入ってから一時間も経っていないし、料理もまだ残っている。
だけど、過去の思い出に浸る時間はもう終わり。
どれだけ懐かしくても、過去は過去なのだ。
「あー……そっか、わかった。今日ありがとな」
「私こそありがとう」
心からの感謝だった。あまりにも変わらずにいてくれたおかげで、ちゃんと確かめることができた。やっぱり今日会えて、誘いを受けてよかった。
大丈夫。私はもう迷わない。
「近いうちに連絡するから、よかったらまた──」
「今の彼がどれだけ素敵な人か気付かせてくれて、本当にありがとう」
「は?」
さすがに奢ってもらうのは気が引けたから、テーブルにお金だけ置いて足早に店を出た。