『俺と付き合ってください』

 わたしにとっては重大な過ちでしかなかった一夜を過ごした二週間後、一颯くんは真っ直ぐにわたしを見てそう言った。
 どうやらLINEを交換していたらしく(それも覚えていない)、会えないかと連絡を受けて了承した。謝らなければと思っていたからだ。さすがにまた家へ連れ込むわけにもいかず、指定されたカフェに向かった。そしてそのひと言だ。

『ご、ごめん。今なんて言った?』
『俺と付き合ってほしいんです』

 聞き間違いではなかったようだ。だからといって、じゃあこれからよろしくね!とはならない。
 あの日一颯くんを帰してから、なぜわたしと……?という疑問で頭がいっぱいになった。そして行き着いたのは、彼も彼でただヤりたかっただけだろうというシンプルな答えだった。

 二十歳くらいの男の子は年上の女に憧れるという話を聞いたことがある。あと、前に会社の飲み会で自称チャラ男の子が『同世代の女より大人の女の方がいいんすよ。技あるし積極的だしエロいっていうか』と熱弁していたし。
 とにもかくにも盛んな年頃なのは間違いないだろうし、それ以外にほとんど話したことすらない年上の女を抱く理由が思い当たらなかった。わたしに大人の女としての魅力が備わっているとは思えないが、学生の子からすればそれなりに大人の女に見えるのかもしれない。

 一颯くんに『あの……?』と声をかけられて、宇宙の彼方に飛んでいた思考が戻ってくる。とんでもなく間の抜けた顔をしていたのだろう、一颯くんは訝しげに首をひねっていた。

『あの、返事は……?』

 そもそもわたしは自分が甘えたい質だから、年下に興味がないし付き合ったこともない。
 はっきり言って一颯くんは完全なる恋愛対象外だ。

『い……いやいやいや、無理だよ。だってわたし、二十六だよ? たしか君まだ十代だったよね?』
『年は関係ないと思います』

 なんて真っ直ぐな子だ。
 関係ないわけがない。泥酔してお持ち帰りしたわたしが言うのもなんだが、大いに関係ありまくる。一颯くんを帰したあと、軽く錯乱状態になりながら淫行条例について検索してしまったくらいだというのに。
 改めて見ればやはり可愛い顔をしているし、イケメンと呼ばれる部類だ。きっと学校ではモテるだろうに。もはやありがたさすら芽生えてくる。

『なんでわたし? 学校の友達とか、周りに女の子たくさんいるでしょ』
『なんでって……好きだからですよ』

 それは錯覚だ、と言いかけて、さすがに傷つける気がしたからやめた。
 一颯くんくらいの年齢の子にとっては、恋とセックスはイコールなのだろう。順番はどうあれ、一夜を共にした相手に好意を抱くのも付き合うのも当然の流れなのかもしれない。遠い記憶を探れば、わたしもそう思っていた時期があった。
 そんな気持ちは、もうとっくに忘れてしまっていた。

『俺、本気です。付き合ってください』
『そう言ってくれるのは嬉しいけど、ごめん。付き合えない』
『お願いします。この実さんからしたら俺なんかガキかもしれないけど、絶対に大切にします!』

 一時間にわたる押し問答の末にOKした理由は、根負けと、少しの好奇心と、あまりにも真っ直ぐな告白に多少心が揺れたのと、二年ほど恋人がいないことによって持て余していた性欲だろう。
 こうしてわたしは、はっきり言って子供にしか見えない男の子の彼女になったのだった。
 そしてそれは、ごくごく普通の人生を歩んできたわたしにとって人生最大の冒険だった。