湧き上がるイメージを抑えきれずにいたあたしは、今日も廊下に貼ってあるポスターの前にいた。
 ひと区切りついて横にノートを置き、コンビニで買ったパンを食べる。

「これ美波ちゃんが描いたの?」

 浜辺さんの声が落ちてきた瞬間、この間とは比べものにならないくらい心臓が跳ねた。昼休憩はまだ三十分以上残っているし、まさか人が通ると思っていなかったあたしは、ノートを開いたまま置いていたのだ。
 慌ててそれを閉じる。顔が紅潮していることが自分でもわかるくらい熱い。

「見せて」
「え?」
「実はこの間もちらっと見えて、ずっと気になってたんだよ。ちゃんと見せて」

 見られていたのか。
 めちゃくちゃ恥ずかしいのに、絶対に見られたくないのに、いつになく真剣な浜辺さんの顔つきと口調に怯んだあたしは恐る恐るノートを渡した。
 ぱらぱらと一枚ずつめくりながら、あたしが描いたアクセサリーの絵をじっと見ている。

「オリジナル?」
「え?」
「だから、自分で考えて描いたのかって訊いてんの」

 いつもへらへらして軽薄そうな話し方をする人にはとても見えなくなっていた。
 なんていうか、スイッチが入ったって感じの雰囲気だ。

「あの、はい……そうですけど……」
「やっぱセンスいいな」
「えっ?」
「最初見たときに思ったんだよ。服もそうだけど小物のセンスがいい。全体のバランスもよくとれてるし」
「え……?」

 そういえば、初めて話をした日にセンスがいいとかなんとか言われたっけ。しかも舐め回すように見られた。下心的なものじゃなかったのか。
 いや、だからなんだ。

「絵は下手くそだけど、まあなんとなく伝わるよ」
「下手くそ?」
「なに?」
「あ、いえ」
「ありきたりっちゃありきたりだけどオリジナリティもなくはないし、なにより色合いのセンスが抜群にいい」
「はあ……。ありがとうございます」
「デザイン部来ない?」

 思わず息を呑む。今なんて言われた……?
 ぽかんとしているあたしを見て、浜辺さんが首をひねる。

「あれ、興味ない?」
「い、いえ……」
「だよな。興味なかったらこんなの描くわけない」

 浜辺さんの言う通りだ。
 昔からお洒落が、特にアクセサリーが大好きだった。いつか作ってみたいと夢見ていたこともあった。
 それを誰かに話したことはない。家族にも友達にも付き合っていた人たちにも、もちろん飛鷹にも。お洒落だねと言われることはあったけど、作るとなればまったくべつの才能がいるだろうし、あたしには無理だと思っていた。

 だからせめてそういう会社で働きたいと思って、就職活動を始めたとき真っ先にこの会社に目星をつけた。本当はデザイン部希望だったのに、経験も知識も技術もないあたしは採用してもらえないと思ったから、とりあえず内定をもらうことを最優先に考えて事務職希望だと答えてしまった。

「でも、あたし、そういう……デザインの専門学校とか行ってたわけじゃないし、知識なんてないですけど……」
「専門出てようが知識持ってようが全然使えない奴はごまんといるよ。俺は今、来たいか来たくないか訊いてんだけど」

 放心してしまう。なにを言われてるんだろう? これは現実?
 ぼんやりしている頭に、浜辺さんの声だけがはっきりと響いていた。

「言い方変える。アクセサリー作りたいか作りたくないか、その二択」

 総務部の仕事は決して嫌いじゃない。大変だし体力的にもきついけど、やりがいはあると思っている。なにより秋山さんへの恩がある。これから頑張ってもっとたくさん仕事を覚えて、いつか役に立てるようになれたらと思っていた。

 だけど本当は、デザインへの憧れを捨てきれなかった。新作が発表されるのをいつも心待ちにして、見るたびに心が躍って、あたしならこう作るなって、誰にも見せることのない案を練って描いていた。
 ずっと密かに憧れていた、同時に諦めていた夢が、今目の前で揺れている。

「作りたい……です」

 放心したまま言うと、浜辺さんは勝ち誇ったように笑った。

「了解。じゃあさっそく総務部の女帝に交渉しに行くか」