「美波ちゃん、目赤いよ。大丈夫?」
猛烈な眠気と格闘しながらデスクで作業をしていると、秋山さんがあたしの顔を覗き込んだ。優しくて気さくな女性で、十歳も年上なのに気兼ねなく話せる貴重な先輩だ。
今年の春に高校を卒業したあたしは、海沿いに位置する地元を離れて札幌のデザイン会社に就職した。主にファッションアクセサリーのデザインから制作までを手がけている会社だ。
といっても、これといった特技もないあたしが配属されたのは、デザインとは程遠い総務部。まだ入社四か月のあたしの仕事はほとんどが雑用だけど、それでもデスクには文字しかない書類がピラミッドみたいに積み重なっている。
「あ、はい、大丈夫です。ちょっと寝不足で」
ちょっと、ではなかった。昨日の夜はごたごたしていたから二時間も眠れていない。頭痛がするし、瞼が重力に逆らえずぴくぴくしているし、少しでも油断したら寝落ちしてしまいそう。
「体調悪いんじゃないの?」
「本当に大丈夫です」
体調は最悪だけど、寝不足は寝不足だ。そんな理由で早退するわけにはいかないから、重い瞼と頬を無理やり上げる。
「ならいいけど……。無理しないでね」
あまりあたしの言葉を信用していない様子の秋山さんは、そう言って自席へ戻っていった。
こんなに心配してくれる秋山さんには言えない。
同棲中の彼氏にしょっちゅう怒鳴られている、なんて。