決意表明した日から数日。
「ハルって本当に使えない」
「え……?」
「聞こえなかった? もう一度だけいうよ? 」
大袈裟にため息をついた後に呟く。
「ハルは本当にダメダメな子だね」
アキの冷たい目で身体が震えた。
◇
「とりあえず、外に出るためにどうするか、だね」
今日は休みらしい。ずっと一緒にいられると思うと嬉しくなる。日課の散歩が終わり、二人きりの部屋でゆっくりしているとアキは唐突に話し始める。
「うん」
「まずはハルに確認だけど」
アキは立ち上がった後、私の顔を覗き込む。胸が一度だけ大きく跳ねる。まだ、なれないな。
「とりあえず、外には沢山の人がいます」
「はい」
「外に出るなら関わらないことは不可能だよね?」
「……はい」
「ハルは誰かと話さなくてはならない機会が、これから山ほどあります」
「……うん」
「もしかしたら、嫌なこと言われるかも」
「……はい」
「今のハルに耐えられる?」
「無理」
即答だった。甘い空気感から、まさかの現実を突きつけられる。だって、しょうがないじゃん。引き篭もってそれだけの時間がたったということだ。
うまくコミュニケーションなんてとれる自信なんてない。そもそも私はそれが原因で怒られたという前科持ちだ。まぁ、前世の話だけど。
それに過去の出来事が重なり、様々な恐怖症を発症した結果、メンヘラがプラスされた危険な化物が今の私だ。
自覚してるだけ、まだマシだと思って欲しい。
「ま、そうだよね」
「……」
全く期待もされてなかったことはショックだったがしょうがない。それが現実というものだ。騒いで喚いてどうにかなるなら苦労はしない。
「本音を言うとね」
こんなことを考えている間もアキは話を切り出す。その言葉には、少しだけ迷いを感じた。
「うん」
「私はハルが外に出なくても、別にいいかなって思ってる」
「うん。……え?」
そんなにダメなやつだと思われていたのか。少し心が痛い。
「あーあー。それはアキに期待してないからとかじゃないよ?」
「そ、そうなの?」
幸いな事に違うらしい。ちょっとだけ安心した。
「うん。辛いことからは、逃げてもいいと思うよ。それを許されるだけの過去があることを私は知ってる」
私は黙ってしまう。アキは全て知っているんだろう。それでも受け入れてくれたと私も知ってる。そして、その罪が赦されないことは、私が一番わかっている。
「でもね」
「……え?」
「ハルが悩んで考えてくれて、出した答えが嬉しかったから」
私の中で何かが、少しだけ変わっていく。
「ハルが私のために何かしたいっていってくれた。それだけで救われる」
アキは私が欲しい言葉を欲しい時にくれる。心が読まれてるみたいだ。
「失敗してもいいよ。私のために挑戦しようとしてくれたって事実だけで本当に嬉しい」
そう言ってくれる目は言葉は優しい。
「色々なものをみて、色々なことに挑戦して、色々な失敗をしてさ。最後にハルが選んだらいいよ。その答えがどんなものでも私はハルの味方になる。それだけは変わらないから」
アキの言葉は私の迷いを消し去ってくれる。
「でも、私はわがままだから、ハルが選ぶ道に私の居場所があってほしい……って思ってはいるんだ」
「うん」
その言葉が純粋に嬉しい。
「私ね、外に出たらこんな風に気楽に話したりできる相手とかいないんだ……」
そう言って俯くアキ。目が前髪に隠れて、表情は読み取れない。
「対等に接してくれる人は周りにいない。基本的には一人ぼっち……」
「そう、なんだ」
「だから、ハルと外に行きたい。私のわがままで協力するの……」
よし決めた。私、決めました。
「わ、私は!」
「おーおー、どした。いきなり大きな声出して」
「アキと外に出るために何でもする!」
「……それ、ほんと?」
俯くアキに聞かれるから、私は自信満々に答える。
「うん! まずは気持ちから、だね! 魔法危ないし!」
「……そのためにはなんでもできる?」
「うん!」
「なんでもだね?」
「もちろん!」
「じゃあ、そんな偉いハルに聞いてほしいことがあるの」
「なに?」
今の私に怖いものなんてない。だから、自信満々に胸を張り、意気揚々と尋ねる。
「ハルって本当に使えないよね」
「え……?」
聞き間違いだろうか。反射的に聞き返す。
「聞こえなかった? もう一度だけいうよ? 」
アキは大袈裟にため息をついた後に呟く。
「ハルは本当にダメダメな子だね」
アキは冷たい目をしてそう言った。
「な、なんで……」
「私は事実を言ってるんだよ?」
じりじりと近寄ってくるアキ。少しだけ、怖い。
「ま、まって!」
「何を?」
「怖いよ。アキ……」
気づけば、壁を背にして本音を言葉にしていた。
似たようなことがあったなって、少しだけ思い出す。
そしてアキは私の両頬を片手で摘む。上手く喋れなくて、うーうー唸り、耐えきれず両腕の刻印が光る。
「また? 感情すらまともに制御できない。しかも、魔法を暴発させる魔法使い? そんなの聞いたことないよ?」
「ぁ……う……」
「でも、今のハルは魔法、使えないね。どうするの?」
なんとか感情を制御しようとする。これは言われて当然の事だ。アキに甘えてばかりはいられない。私自身が乗り越えていかなきゃならない。アキが隣にいないと何もできないなんて嫌だ。
魔法が暴走してアキを傷つけることはないが、アキに醜態を晒すのは耐えられない。気持ちを保っていると、徐々に光を失っていく両腕。
「やればできるじゃん。ハル」
なんとか抑え込んだ。私はその場に崩れ落ちた。すると、目の前に水滴が落ちる。
「ごめんね。ハル……」
アキは私に謝罪をする。謝られるようなことは何もない。私はアキのモノなんだから、どう扱おうとアキの自由だ。
「私はあんなこと言っておいて、ハルをここから連れ出したい気持ちが抑えられない……」
アキは座り込んで膝を抱える。
本当はこんなこと思われてないってわかってた。この日々は信頼関係を産むには十分すぎる時間だったから。でも、アキからの罵倒は威力が高い。だから、ほんの少しだけ、動揺したのは認める。それと同時に感じたものがある。
「アキ。泣かないで……」
「やっぱ、だめだったよ。失望したでしょ? 私なんてこんなもんだよ。ハルの決意につけ込んで……」
「いいよ。それくらい私がダメダメなんだから」
「そんなこと」
「それにね。私はアキのモノだから、自由に使って?」
「それは……」
「いいよ。アキになら何されても。アキは私をどうとでもできる。どんなことをされても抵抗はできないし、絶対にしない。私の全てはあなたのものだよ」
「え……?」
「私はあなたの道具で、武器で、駒。そう言ってるの」
「ち、違う! ハルはそんなんじゃ――」
「違わない。化物の私はそうとしか生きられないから、アキに縋らせて?」
「な、んで……」
これは、いつか、言わなきゃいけないことだったか。今、この瞬間に伝えられてよかった。
そして、途中から薄々感じてた、もう一つの本音をアキにぶつける。
「それにね。アキ、これ続けていいよ!」
「……なんで? 私、ハルを傷つけたくないよ」
「で、でも、なんか頑張れそうだし……。それに……」
「それに?」
「アキの冷たい目が、よかった、から」
私は本音を口に出す。アキはあり得ないモノを見るような目をして私を見つめていた。背中がぴりぴりする。そして、アキが一言。
「……ばか」
私は頭をはたかれる。
もちろん、二度としてくれなかったよ。