「ほら! こっちだよ!」
「ま、待ってよアキ…………」

 今日、この日に私の人生は変わった。
 泣きじゃくり、それを宥めるアキ。
 心の中で求めていた空間を手に入れられた。
 だけど、不安は何も消えてない。
 落ち着いた後、私は正直に話した。
 
 外が怖いこと。人が怖いこと。
 また誰かに傷つけられるのも、誰かを傷つけるのも本当に怖い。
 そうすれば、彼女は言ってくれる。
 欲しい言葉をちゃんとくれる。

「じゃあ、家の中から始めよう!」

 そう言って、アキは私の手をひいた。
 私は気づけば、数年間出ることなく、また二度と出れるとも思っていなかった。暗い部屋は、もうどこにもない。
 アキは家の中を、私の手を引きながら連れ回した。
 なぜか私よりもこの家に詳しいアキはこの大きい家の間取りを説明してくれた。
 私達の手と手が絡み合う。経験したことなかったその感覚は、私を絶対に離さないって言ってくれているみたいで嬉しかった。
 今の私はこの手がなければ部屋の外を歩けない。
 アキもそれをわかってくれているのだと思う。
 一生、このままでいたいって本気でそう思った。

 ◇

「まずはこれからどうするのか決めなきゃだね」

 一通り家を探索した後、私の部屋でアキはそう言った。
 
「とりあえず、難しいことは置いておくとして、ハルが必ず守らなきゃならないルールがあります!」
「な、なに? それ…… 」

 私は怯えながら問う。誰かに求められることには、まだ、抵抗があるのかもしれない。

「まずは朝と夜は一緒にご飯食べること!」
「……はい」
「そして夜は一緒のベットでお話しながら寝ること!」
「……わかった」
「とりあえず、今思いつくのはこれくらいかな」

 思ったより少ないなって正直思った。もっと、とんでもないルールがあるのかと身構えたのがバカらしく思える。

「い、意外と少ないね……」

 私は思ったことをそのまま伝える。

「思いついたら、その度に追加するから」
「……え?」
「それはそうでしょ」
 
 普通でしょ?といった顔でアキは言う。
 
「私もハルに与えるけど、ハルも私に何かちょうだい! それはこの一歩目!」
 
 めちゃくちゃを言ってる時のアキはなぜか輝いて見える。私は随分とアキに絆されたらしい。
 この人が決めたことなのだから当然なんだと、心が思ってる。
 
「私はわがままなの。 最初に伝えたでしょ?」

 首を傾げるアキはとても可愛かった。

「そして愛しのハルに伝えなくてはならないことがあります!」
「今度はなに……?」
 
 また軽いお願いだと思い、素直に問いかける。
 
「私は基本的に夕方くらいまで、この家にはいません!」

 まさかの言葉で、思ったこと全てが口から出る。

「なんで? なんで? なんで? なんで?なんで? 一緒にいるって言ったよね? 一緒に歩いていくって約束したよね? 手を離さないってアキは誓ったよね? 嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき……」

 アキのことになると感情が暴走して抑えられず、刻印が光る。頭では理解してる。
 でも感情が全く制御できなかった。この気持ち悪さに耐えきれず、思ったことが全て出てきてしまう。完全にイカれたメンヘラ女だ。

「お、落ち着いてハル……」

 私の手を握って落ち着かせるアキ。
 恥ずかしくて、目をみることができない。

「私にはやらなきゃいけないことがあるの」
「それは、私より大切なの……?」
 
 出会ったばかりのやつが何言ってんだって思ったけど、吐き出した言葉は引っ込められない。
 
「この生活を続けていくために、私達の夢を叶えるためにも必要なことなの……」
「でも……」
「ハルにも手伝ってほしいけど、まだ無理でしょ?」
「そ、それは……」

 できるとは言えなかった。今の私にできると確信を持って言えることなんてない。部屋の外から出ることでさえ、手を引いてもらわないといけないんだから。

「うーん……。まだ納得できてない思うから、少しだけ説明させて?」
「……わかった」

 きっと、不満が顔に出ていたんだろう。
 わがままばかりは言ってられない。
 とりあえず話を聞こうと決める。

「私にはこの国の王位継承権を与えられてる。この国は血ではなく力で王を決めてきたから……。だから魔法を持ってる私には王になる資格が与えられてる」
 
 初めて聞く話だ。
 辺境育ちの私は、王都の話なんて全く知らなかった。
 
「ハルは表舞台に出てくる前に引き篭もっちゃったから、多分、大丈夫だと思うけど」
「……うん」
「もしかしたら、ハルと私の関係は敵だって世間ではみられてしまうかもしれない」
「嫌!」
 
 反射的に叫んでしまった。
 アキが肩をビクッと揺らす。
 
「そんなの絶対にダメ! 私どうすれば……。アキと離れてしまうなら、いっそ……」

 私はまた醜態をアキの前で晒す。
 頭ではわかってる。こんなのおかしいってことぐらい、誰かに言われなくても知ってる。前の記憶を持ってる私は、大人のつもりだった。
 でも、そうじゃないっていうことを嫌というほど知っている。心を押さえ込むブレーキが全く機能しない。
 思ったこと全てが言葉と魔法になって外に放出される。
 私の心は外見相応の、いや、それ以下の子供になってしまった。結局は大人になりきれずに歳を重ねてしまったと思い知らされる。

「落ち着いてハル」

 さっきの戯けたような感じとは全く違う、真剣な顔で私の手を握るアキ。でも、その声はちゃんと優しい。

「そうならないために、やらなきゃいけないことがある」
「なにをするの?」

 冷静に、冷静に、冷静に。心に言い聞かせる。
 
「昔から私を助けてくれた人を王様にするために、その人の力になるの。私はその人に恩を返したいし、その人は王様になりたい。私にとってはいいことしかない」
 
 アキにとって恩人なら、私にとっても恩人だ。
 だからこそ、私が今やらなきゃならないことは決まってる。
 
「私には王様なんて無理だよ。ハルを幸せにすることで手一杯だからね!」

 アキはこんなにも私を思ってくれる。
 
「一緒にその人を王様にして、幸せに暮らそう? だから今は我慢して?」
 
 その話を聞いて、自分のことしか考えていない私が恥ずかしくなった。
 
「そしてハルにも手を貸してほしい。少しずつ、ゆっくりでいいから」

 近くで見るアキの目はとても綺麗だ。
 
「これはルールじゃなくてお願い」

 アキに貰ったものを返すチャンスが早速舞い込んでくる。だから答えは一つしかない。

「わかった」
「よし!いい子!」
 
 はじけるような笑顔。アキはやっぱり笑顔が似合う。
 
「こっちきて、今日はここまでにしよう。大丈夫? 疲れたよね。ほら、一緒に寝よう?」

 アキはベットをぱたぱたと叩く。
 私達は手を繋いで一緒に楽しい話をして、気づいたらぐっすり眠っていた。こんな気持ちで眠れたのは、本当に久しぶりで気持ちよかった。