「失礼致します。勝手に殺さないでくださいませ」
場違いなローブ姿で会場を進み、ある程度の注目が集まったところでティアリーゼは声を上げた。
「っ⁉」
フリッツは息を呑み、驚愕の表情を浮かべる。
「ティアリーゼ……良かった、無事だったのだな」
公爵は立ち上がり、娘の無事な姿にホッと笑みを浮かべた。
だが、その視線はすぐに隣のストラへと向けられる。
「だが、このお方は? 見知らぬ方だが……いや、どこかで見たか?」
探るように見続ける父に、ティアリーゼは笑みを浮かべる。
ティアリーゼの部屋には昔写してもらったストラの姿絵がある。毎日見ることはなくとも見覚えくらいはあるだろう。
だが、神力も発していない今のストラを見て神とは結び付かないのか不思議そうに首を捻るばかりだった。
「この方が助けて下さったの。……テシュール湖に沈む私を」
「っ⁉」
ティアリーゼが現れたことで王太子の発言はやはり嘘だったのだろうという雰囲気になっていたが、彼女の発言にまたしても会場に緊迫した空気が流れる。
「ということは、殿下がお前を処刑したというのは……」
「ええ、事実ですわ」
騒然となる周囲だったが、それを制するように言葉を続けた。
「ですが、そこのメラニー嬢に毒を盛ったというのは冤罪ですわ。本日はそれを証明するために参りました」
言い終えると、静かに後ろを付いてきていたエリーに前へ出るよう促す。
ローブを頭から被っていたエリーは、フードを取りメラニーを睨むように顔を上げた。
「なっ⁉ どうして⁉」
真っ先に声を上げたのはメラニーだ。
今までフリッツに寄り添うだけで黙っていた彼女は、驚愕の表情で叫び出す。
「何故目覚めているのエリー⁉ あの毒には“解毒薬など無い”のに⁉」
「……やっぱり私をあのまま殺すおつもりだったのですね?」
「っ!」
メラニーを睨むエリーの眼差しに憎しみに近い怒りが宿る。
「殿下、私はメラニー様の側仕えをしておりましたエリーと申します。毒見と称してメラニー様に毒を飲ませられた者でございます」
「どういうことだ?」
怒りを内に秘め、エリーは淡々と話す。
対するフリッツはエリーとメラニーを交互に見て、惑った。
「全てはティアリーゼ様に罪を擦り付けるため。メラニー様の自作自演です……しかも、ご自分は飲まず私が毒見をしたということにして無理矢理飲ませたのです」
「何だと? メラニー……自作自演などこの者の虚言なのだろう?」
「そ、そうよ! 嘘を言わないで!」
まだ嘘をつき通そうとするメラニーに、エリーは怒りを押し殺し淡々と話す。
「噓ではありません。メラニー様、あなたは私があのまま目覚めず死ぬと思っていたのでしょう? だからこの度の計画を話した」
「っ!」
「ですが私はティアリーゼ様に助けてもらいこうして目覚めることが出来ました。……メラニー様、騎士団へ話は通しております。じっくりと調べて頂きましょう」
「このっ! 平民のくせにっ!」
エリーに追い詰められ、メラニーは言い返すことが出来なくなったのだろう。
可愛らしい顔を醜く歪ませて、彼女はエリーを黙らせようと手を振り上げた。
だが――。
「させないわ!」
大事な証人に手出しをさせるわけにはいかない。
サッとエリーをかばうように前に出たティアリーゼは、神術で風を起こしメラニーに叩きつけた。
「きゃあ!」
とはいえ聖霊力は抑えたので軽く転ぶ程度だ。
みっともなく床に尻もちをついたメラニーにフリッツが寄り添いキッと睨み上げた。
だが、その表情は驚きに変わる。
神術の風によって、ティアリーゼの全身を覆っていたローブがめくり上がりその下に着ている神官の衣が見えたからだろう。
「なっ⁉ ティアリーゼ、その格好は⁉」
驚愕の声を上げたのはフリッツではなく父である公爵だ。
知らせるのは後にしようと思ったが、見られてしまっては隠す意味はないだろう。
ティアリーゼはローブを外し、微笑みを浮かべた。
「この格好ですか? 見ての通り神官の衣です。私、念願の神官になったのですよ?」
「なっ⁉ ななな」
驚きと怒りで言葉も出ないらしい。
ティアリーゼの父・ベルンハルト公爵とはどこまでも貴族らしい人物だ。
だから貴族として生まれたティアリーゼにも貴族令嬢の義務として政略結婚を推し進めた。
王妃よりも神官としての適性が強かったにもかかわらず、だ。
そんな人物だからこそ、貴族である娘が神官になるというのは許せないことなのだろう。
ティアリーゼとて貴族としての責任はあると思い、今までは望みを抑えただひたすらその義務のため頑張って来た。
だが、そんな自分は捨てられてしまったのだ。
「ごめんなさいお父様。私、捨てられて湖に沈められて……今まで貴族として責務を果たそうと努力していたことは何だったのかと絶望してしまったの」
そう……あのとき遠ざかる水面を見ながらティアリーゼは絶望していた。
だが、それを救いあげてくれたのが他の誰でもない推し神であるストラだ。
「でも、その絶望からも救いあげてくれたのがこの方だった」
今も寄り添ってくれているストラを見上げる。
無表情ながらも慈しむような優しい眼差しで自分を見下ろすストラに鼓動が早まった。
胸の奥から、泣きたくなるほど温かく優しい感情が溢れ出す。
「だから私、この方に嫁ぐために聖女を目指すと決めたの」
「……は?」
だが、返って来たのは理解していなさそうな声。
それは周囲の者達も同じだったようで、「どういうこと?」などといった言葉でザワザワし始める。
そんな中一番にハッキリと声を上げたのはフリッツだった。
「何を言うかと思えば聖女だと? 悪女のお前が聖女になど、笑わせてくれる」
ティアリーゼのは無実だと確かな証言があるというのに、未だに自分を悪女扱いするフリッツ。
「しかも理由がその男に嫁ぐため? 笑わせる。その男が何だというのだ。聖女でなければ妻になれないなど、神にでもなったつもりか?」
「ふふっ、本当に。頭のおかしな方なのね」
立ち上がったメラニーも加わり、嘲笑をストラに向ける。
知らないのだから仕方ないが、神に向かって嘲笑など……罰が当たらなければいいが。
「……ふむ、愚か者だとは思っていたがここまでとは」
ここに来て初めてストラが声を発した。
すると公爵が驚愕の表情を浮かべる。
「その声は、私に帰るよう呼び掛けてきた……」
目を見開き、「まさか」と掠れた声を出す公爵にストラは軽く口角を上げた。
「そうだな、私が呼んだ。……いずれ義理の父となるのだ。挨拶はしておこうと思ったのでな」
「ストラ様、まさかそのためだけに父を?」
「ああ、そうだが?」
挨拶したいがために片道二週間強の道のりを強行させたのか。
ある意味神らしい彼にティアリーゼは苦笑いを浮かべた。
「ストラ様だと⁉」
ストラの名を聞き、公爵は即座に跪き頭を下げる。
あまり見ない父の慌てぶりにティアリーゼは目を瞬くが、ストラを神と理解したが故の行動だと納得する。
ストラはマイナーな神だが、娘がずっと推してきた神だ。
父がその名を知らぬということはないだろう。
「公爵? 一体何を……」
公爵ともあろう者が震え跪く姿を見て、フリッツやメラニー、周囲の面々も戸惑いを見せる。
その様子を見たストラは、「ふむ」と思案顔で口を開いた。
「ここはひとつ自己紹介しておくとするか。お前が誰の妻になるのか、知らしめておかねばならぬしな」
「え?」
一体何をするのだろうとストラに視線を戻すと、彼はスッと片腕を上げた。
「ピュイ!」
そこに外にいたはずのピューラが飛んで来て止まり、共に炎に包まれる。
本物の炎ではないのか熱さは感じない。
炎が落ち着き、真っ先に現れたのはピューラだ。
美しい尾羽を持つ鳥の姿になったピューラを見て、あの小鳥こそがストラの神獣だったのだと知った。
(このように美しく荘厳な鳥だったのね……名前、可愛らし過ぎたかしら?)
などと考えているとストラも本来の姿となり現れる。
ルビーのような赤い瞳。
黒を基調にした、フェニックスの尾羽が描かれた衣服。
そして何より、今まで抑えていた神力を隠すことなく解放した。
『っ⁉』
直後、会場にいたティアリーゼ以外全ての者が膝をつき頭を垂れる。
神しか持ち得ぬ神力。
その力を感じたことが無くとも、誰もが瞬時に理解したのだ。
このお方は神なのだ、と。
「ふむ、このような反応も久しぶりだな」
跪く貴族たちの様子に驚くこともせず、ストラはただ軽く見渡す。
そして抑揚のない声を発した。
「私は火の神・フォイエルが眷属、軍神ストラ。……さて、先程私のことを頭がおかしいなどとのたまっていたが……」
「もっ、申し訳ございません! 貴方様が神だとは気付かなかったのです!」
床に額を擦り付けるほど頭を下げガクガクと震えるメラニー。
隣のフリッツも同様に震えていた。
「そうか。……まあ、此度の不敬は許してやろう。だが、取り調べは受けるのだな。ティアリーゼには必ず聖女となってもらわねば……冤罪など被せられたままでは困る」
「っ……は、い……」
苦しげに了承の言葉を口にしたメラニーは後はただ震えるだけ。
フリッツの方は声を発することすら出来ないようだった。
「……それと」
フリッツ達への言葉が終わると、今度は公爵へと視線を向ける。
「私はこのティアリーゼを妻として望んでいるのだが、父である其方は反対なのだろうか?」
「いえ! 神に見初められたのならば反対する理由などございません!」
ティアリーゼが神官になったことには多少思う所がありそうだが、神の望みに否を唱えることはしないらしかった。
「そうか、それは良かった」
淡々と告げたストラはティアリーゼの小さな手を取る。
そして優しい声を彼女に掛けた。
「これで一先ずは一件落着ではないか?」
「そう、ですわね……」
つい先程までの問答は何だったのかと思うほどすんなりと纏まってしまった。
ストラがいれば全て事足りていたのではないかと思うと少し複雑ではある。
だが、あまり神の手を煩わせるわけにもいかないのでやはりこれで良かったのかも知れない。
神の御前では誰しも滑稽になってしまうのかも知れないと、ティアリーゼは小さく笑った。
「ふふっ……ありがとうございます、ストラ様。これでやっと心置きなく聖女を目指せます」
感謝の言葉を述べると、ストラはティアリーゼだけに見せる柔らかな笑みを浮かべ告げる。
「ああ、心待ちにしている」
と。
END
場違いなローブ姿で会場を進み、ある程度の注目が集まったところでティアリーゼは声を上げた。
「っ⁉」
フリッツは息を呑み、驚愕の表情を浮かべる。
「ティアリーゼ……良かった、無事だったのだな」
公爵は立ち上がり、娘の無事な姿にホッと笑みを浮かべた。
だが、その視線はすぐに隣のストラへと向けられる。
「だが、このお方は? 見知らぬ方だが……いや、どこかで見たか?」
探るように見続ける父に、ティアリーゼは笑みを浮かべる。
ティアリーゼの部屋には昔写してもらったストラの姿絵がある。毎日見ることはなくとも見覚えくらいはあるだろう。
だが、神力も発していない今のストラを見て神とは結び付かないのか不思議そうに首を捻るばかりだった。
「この方が助けて下さったの。……テシュール湖に沈む私を」
「っ⁉」
ティアリーゼが現れたことで王太子の発言はやはり嘘だったのだろうという雰囲気になっていたが、彼女の発言にまたしても会場に緊迫した空気が流れる。
「ということは、殿下がお前を処刑したというのは……」
「ええ、事実ですわ」
騒然となる周囲だったが、それを制するように言葉を続けた。
「ですが、そこのメラニー嬢に毒を盛ったというのは冤罪ですわ。本日はそれを証明するために参りました」
言い終えると、静かに後ろを付いてきていたエリーに前へ出るよう促す。
ローブを頭から被っていたエリーは、フードを取りメラニーを睨むように顔を上げた。
「なっ⁉ どうして⁉」
真っ先に声を上げたのはメラニーだ。
今までフリッツに寄り添うだけで黙っていた彼女は、驚愕の表情で叫び出す。
「何故目覚めているのエリー⁉ あの毒には“解毒薬など無い”のに⁉」
「……やっぱり私をあのまま殺すおつもりだったのですね?」
「っ!」
メラニーを睨むエリーの眼差しに憎しみに近い怒りが宿る。
「殿下、私はメラニー様の側仕えをしておりましたエリーと申します。毒見と称してメラニー様に毒を飲ませられた者でございます」
「どういうことだ?」
怒りを内に秘め、エリーは淡々と話す。
対するフリッツはエリーとメラニーを交互に見て、惑った。
「全てはティアリーゼ様に罪を擦り付けるため。メラニー様の自作自演です……しかも、ご自分は飲まず私が毒見をしたということにして無理矢理飲ませたのです」
「何だと? メラニー……自作自演などこの者の虚言なのだろう?」
「そ、そうよ! 嘘を言わないで!」
まだ嘘をつき通そうとするメラニーに、エリーは怒りを押し殺し淡々と話す。
「噓ではありません。メラニー様、あなたは私があのまま目覚めず死ぬと思っていたのでしょう? だからこの度の計画を話した」
「っ!」
「ですが私はティアリーゼ様に助けてもらいこうして目覚めることが出来ました。……メラニー様、騎士団へ話は通しております。じっくりと調べて頂きましょう」
「このっ! 平民のくせにっ!」
エリーに追い詰められ、メラニーは言い返すことが出来なくなったのだろう。
可愛らしい顔を醜く歪ませて、彼女はエリーを黙らせようと手を振り上げた。
だが――。
「させないわ!」
大事な証人に手出しをさせるわけにはいかない。
サッとエリーをかばうように前に出たティアリーゼは、神術で風を起こしメラニーに叩きつけた。
「きゃあ!」
とはいえ聖霊力は抑えたので軽く転ぶ程度だ。
みっともなく床に尻もちをついたメラニーにフリッツが寄り添いキッと睨み上げた。
だが、その表情は驚きに変わる。
神術の風によって、ティアリーゼの全身を覆っていたローブがめくり上がりその下に着ている神官の衣が見えたからだろう。
「なっ⁉ ティアリーゼ、その格好は⁉」
驚愕の声を上げたのはフリッツではなく父である公爵だ。
知らせるのは後にしようと思ったが、見られてしまっては隠す意味はないだろう。
ティアリーゼはローブを外し、微笑みを浮かべた。
「この格好ですか? 見ての通り神官の衣です。私、念願の神官になったのですよ?」
「なっ⁉ ななな」
驚きと怒りで言葉も出ないらしい。
ティアリーゼの父・ベルンハルト公爵とはどこまでも貴族らしい人物だ。
だから貴族として生まれたティアリーゼにも貴族令嬢の義務として政略結婚を推し進めた。
王妃よりも神官としての適性が強かったにもかかわらず、だ。
そんな人物だからこそ、貴族である娘が神官になるというのは許せないことなのだろう。
ティアリーゼとて貴族としての責任はあると思い、今までは望みを抑えただひたすらその義務のため頑張って来た。
だが、そんな自分は捨てられてしまったのだ。
「ごめんなさいお父様。私、捨てられて湖に沈められて……今まで貴族として責務を果たそうと努力していたことは何だったのかと絶望してしまったの」
そう……あのとき遠ざかる水面を見ながらティアリーゼは絶望していた。
だが、それを救いあげてくれたのが他の誰でもない推し神であるストラだ。
「でも、その絶望からも救いあげてくれたのがこの方だった」
今も寄り添ってくれているストラを見上げる。
無表情ながらも慈しむような優しい眼差しで自分を見下ろすストラに鼓動が早まった。
胸の奥から、泣きたくなるほど温かく優しい感情が溢れ出す。
「だから私、この方に嫁ぐために聖女を目指すと決めたの」
「……は?」
だが、返って来たのは理解していなさそうな声。
それは周囲の者達も同じだったようで、「どういうこと?」などといった言葉でザワザワし始める。
そんな中一番にハッキリと声を上げたのはフリッツだった。
「何を言うかと思えば聖女だと? 悪女のお前が聖女になど、笑わせてくれる」
ティアリーゼのは無実だと確かな証言があるというのに、未だに自分を悪女扱いするフリッツ。
「しかも理由がその男に嫁ぐため? 笑わせる。その男が何だというのだ。聖女でなければ妻になれないなど、神にでもなったつもりか?」
「ふふっ、本当に。頭のおかしな方なのね」
立ち上がったメラニーも加わり、嘲笑をストラに向ける。
知らないのだから仕方ないが、神に向かって嘲笑など……罰が当たらなければいいが。
「……ふむ、愚か者だとは思っていたがここまでとは」
ここに来て初めてストラが声を発した。
すると公爵が驚愕の表情を浮かべる。
「その声は、私に帰るよう呼び掛けてきた……」
目を見開き、「まさか」と掠れた声を出す公爵にストラは軽く口角を上げた。
「そうだな、私が呼んだ。……いずれ義理の父となるのだ。挨拶はしておこうと思ったのでな」
「ストラ様、まさかそのためだけに父を?」
「ああ、そうだが?」
挨拶したいがために片道二週間強の道のりを強行させたのか。
ある意味神らしい彼にティアリーゼは苦笑いを浮かべた。
「ストラ様だと⁉」
ストラの名を聞き、公爵は即座に跪き頭を下げる。
あまり見ない父の慌てぶりにティアリーゼは目を瞬くが、ストラを神と理解したが故の行動だと納得する。
ストラはマイナーな神だが、娘がずっと推してきた神だ。
父がその名を知らぬということはないだろう。
「公爵? 一体何を……」
公爵ともあろう者が震え跪く姿を見て、フリッツやメラニー、周囲の面々も戸惑いを見せる。
その様子を見たストラは、「ふむ」と思案顔で口を開いた。
「ここはひとつ自己紹介しておくとするか。お前が誰の妻になるのか、知らしめておかねばならぬしな」
「え?」
一体何をするのだろうとストラに視線を戻すと、彼はスッと片腕を上げた。
「ピュイ!」
そこに外にいたはずのピューラが飛んで来て止まり、共に炎に包まれる。
本物の炎ではないのか熱さは感じない。
炎が落ち着き、真っ先に現れたのはピューラだ。
美しい尾羽を持つ鳥の姿になったピューラを見て、あの小鳥こそがストラの神獣だったのだと知った。
(このように美しく荘厳な鳥だったのね……名前、可愛らし過ぎたかしら?)
などと考えているとストラも本来の姿となり現れる。
ルビーのような赤い瞳。
黒を基調にした、フェニックスの尾羽が描かれた衣服。
そして何より、今まで抑えていた神力を隠すことなく解放した。
『っ⁉』
直後、会場にいたティアリーゼ以外全ての者が膝をつき頭を垂れる。
神しか持ち得ぬ神力。
その力を感じたことが無くとも、誰もが瞬時に理解したのだ。
このお方は神なのだ、と。
「ふむ、このような反応も久しぶりだな」
跪く貴族たちの様子に驚くこともせず、ストラはただ軽く見渡す。
そして抑揚のない声を発した。
「私は火の神・フォイエルが眷属、軍神ストラ。……さて、先程私のことを頭がおかしいなどとのたまっていたが……」
「もっ、申し訳ございません! 貴方様が神だとは気付かなかったのです!」
床に額を擦り付けるほど頭を下げガクガクと震えるメラニー。
隣のフリッツも同様に震えていた。
「そうか。……まあ、此度の不敬は許してやろう。だが、取り調べは受けるのだな。ティアリーゼには必ず聖女となってもらわねば……冤罪など被せられたままでは困る」
「っ……は、い……」
苦しげに了承の言葉を口にしたメラニーは後はただ震えるだけ。
フリッツの方は声を発することすら出来ないようだった。
「……それと」
フリッツ達への言葉が終わると、今度は公爵へと視線を向ける。
「私はこのティアリーゼを妻として望んでいるのだが、父である其方は反対なのだろうか?」
「いえ! 神に見初められたのならば反対する理由などございません!」
ティアリーゼが神官になったことには多少思う所がありそうだが、神の望みに否を唱えることはしないらしかった。
「そうか、それは良かった」
淡々と告げたストラはティアリーゼの小さな手を取る。
そして優しい声を彼女に掛けた。
「これで一先ずは一件落着ではないか?」
「そう、ですわね……」
つい先程までの問答は何だったのかと思うほどすんなりと纏まってしまった。
ストラがいれば全て事足りていたのではないかと思うと少し複雑ではある。
だが、あまり神の手を煩わせるわけにもいかないのでやはりこれで良かったのかも知れない。
神の御前では誰しも滑稽になってしまうのかも知れないと、ティアリーゼは小さく笑った。
「ふふっ……ありがとうございます、ストラ様。これでやっと心置きなく聖女を目指せます」
感謝の言葉を述べると、ストラはティアリーゼだけに見せる柔らかな笑みを浮かべ告げる。
「ああ、心待ちにしている」
と。
END