「私の許へ? 神々の国へ行きたいということか?」
「はい。貴方様にお仕えしたいのです」
訝しむストラに、ティアリーゼは真摯に訴えた。
生半可な気持ちではないのだ。
抑えつけていたからこそ、この願いが叶うのなら何を差し出してもいいとさえ思える。
「神々は前までは気に入った人間をお連れになられていたでしょう? 私も彼らと同じように貴方様のお側にいたいのです」
背筋を伸ばし、想いが伝わるよう真っ直ぐに見上げる。
だが、ストラの答えは否だった。
「止めておけ。人間が神々の国で過ごすと神力にあてられ十年と持たない。私はお前に早死になどして欲しくはない」
キッパリと理由まで口にされ、ティアリーゼは途方に暮れる。
早死にしようともストラの許にいられるのなら構わなかった。
もとより先程溺死するところだったのだ。余命が十年となったところで惜しむほどの事ではない。
だが、目の前の美しい神は自分に早死にして欲しくないと言ったのだ。
(困ったわ。ストラ様を悲しませたいわけではないのに……でもせっかく会えたのに簡単に諦めたくもないわ)
ストラの言葉にクッと顎を引き、拒否も了承も出来ず黙り込んでしまう。
そんなティアリーゼにストラは静かにある提案をした。
「……それほどまで私の許に来たいのであれば、聖女になるといい」
「え?」
思いもしない提案に驚き、ティアリーゼは表情を取り繕うことも忘れキョトンと長身の神を見上げる。
無防備なティアリーゼの顔を見下ろしたストラは、フッと息を吐く程度の小さな笑みを見せた。
「神官となり、聖女を目指せ。聖女として神籍に加われば、人でありながら神力を得る。神力を得れば神の妻として娶ることも出来る」
小さな笑みに見惚れている間に紡がれた言葉。
耳に届いた言の葉の意味を理解して、ティアリーゼは何度も瞬きをしてしまう。
「……妻、ですか?」
「ああ。私の妻になれば良いと言ったのだ」
聞き間違いではなかったようだ。
(妻……つまり、ストラ様に嫁ぐということ? 側仕えではなく、ストラ様の……お嫁さん?)
本当の意味で理解すると、もはやどうやって表情を取り繕えばいいのかも分からなくなる。
ずっと焦がれていた推し神に会えただけではなく、妻になれば良いと提案されたのだ。
胸の鼓動はもはや痛いほどで、濡れて寒いはずの体は全身が熱い。
「……嫌か?」
返事のないティアリーゼに何を思ったのか、ストラは小さな笑みを消した。
だが、嫌なわけがない。
婚約者がいれば困ったかもしれないが、幸か不幸かティアリーゼはつい先ほど婚約破棄を宣言されたばかりだ。
しかもご丁寧に婚約証書まで持ち出し目の前で破られた。
証書も無くなったのだから、ティアリーゼを縛るものはない。
そんな状態で焦がれ、側に仕えたいと思い続けていた神の妻になれるのだ。
拒む理由などない。
「嫌なことなどありません!」
思わず叫び顔を上げた。
「貴方様のお側にいられるのならどんな立場でも構わないのです。ただ、その……妻というのは想像もしていなかったので、何というか……恥ずかしくて」
後半はしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。
明らかに赤くなっているであろう顔を隠すよう両頬に手を添えた。
「……フッ」
数拍置いて、また笑うような吐息が降ってくる。
膝を折り手を伸ばしたストラ。
長い指がティアリーゼの顎を軽くすくい上げ、視線が交わる。
「恥ずかしい、か……愛いな」
「っ⁉」
ドクン、と大きく跳ねた心臓。
同時に、これ以上赤くはならないだろうというほど顔に熱が集中した。
(こ、こんなに近くにストラ様がっ! しかも私に触れて、微笑みまで浮かべて……あ、死ぬかも)
心臓があり得ないほどに脈打ち、本気で死ぬと思った。
だが溺死よりはよほど幸せな死に方だろう、などと現実逃避しそうになると、顎に添えられていたストラの指が流れるように頬を掠めながら離れてゆく。
その僅かに色気を感じさせる仕草に、ティアリーゼの思考が止まった。
「では、私の伴侶となるべく聖女を目指してくれるな?」
コクコク。
微笑みに見惚れ、言われるままに頷くティアリーゼは理解出来ているのかすら定かではない。
だが、ストラは満足そうに笑みを深めた。
「では、“これ”を預けよう。私との繋がりとなる」
そう言ったストラがくるりと手のひらを返すと、先ほどまで存在しなかったものが現れる。
「ピュイ!」
「……小鳥?」
思いがけぬ可愛らしい生き物の登場にティアリーゼはコテンと首を傾げた。
「ピュイ?」
赤い羽の小鳥はティアリーゼに倣うように小さな頭を傾ける。
とても可愛い。
「私の使いだ。お前の助けにもなるだろう」
「あ、ありがとうございます」
小鳥が乗った手のひらを差し出され思わず受けるように両手を上げると、小鳥は飛び跳ねながら移って来た。
手のひらに乗った小鳥は、ティアリーゼを見上げまたくりんと頭を傾ける。
「可愛い……」
「気に入ったのなら良かった」
ストラは切れ長な目をほんの少し優し気に細めると、ティアリーゼの手を取り立ち上がらせた。
そして片手で彼女の濡れた髪を撫でるように払うと、温かい空気がティアリーゼを包み髪も重かったドレスもすっかり渇く。
「あ、ありがとうございます」
「いや、礼を言われるほどの事ではない」
「それでも、ありがとうございます」
礼の言葉は拒否されたが、それでもストラ自らが力を使ってくれたのだ。
ティアリーゼにとってはその事実だけでも至上の喜びだった。
「では行くが良い。私はいつもお前を見守っている」
「ありがとうございます。ストラ様……私、絶対聖女になりますね!」
ストラの手が離れ、今度こそ人間の地へと帰されるのだと思ったティアリーゼは宣言する。
聖女になれば、ずっと推してきた神の許に行けるのだ。
ならば全力で聖女を目指そう。
その決意を他の誰でもないストラに誓う。
誓いを受けるように目の前の美しい神の口角が上がる。
「楽しみにしている」
その言葉を最後に、ティアリーゼは白い空間から出されたのだった。
「はい。貴方様にお仕えしたいのです」
訝しむストラに、ティアリーゼは真摯に訴えた。
生半可な気持ちではないのだ。
抑えつけていたからこそ、この願いが叶うのなら何を差し出してもいいとさえ思える。
「神々は前までは気に入った人間をお連れになられていたでしょう? 私も彼らと同じように貴方様のお側にいたいのです」
背筋を伸ばし、想いが伝わるよう真っ直ぐに見上げる。
だが、ストラの答えは否だった。
「止めておけ。人間が神々の国で過ごすと神力にあてられ十年と持たない。私はお前に早死になどして欲しくはない」
キッパリと理由まで口にされ、ティアリーゼは途方に暮れる。
早死にしようともストラの許にいられるのなら構わなかった。
もとより先程溺死するところだったのだ。余命が十年となったところで惜しむほどの事ではない。
だが、目の前の美しい神は自分に早死にして欲しくないと言ったのだ。
(困ったわ。ストラ様を悲しませたいわけではないのに……でもせっかく会えたのに簡単に諦めたくもないわ)
ストラの言葉にクッと顎を引き、拒否も了承も出来ず黙り込んでしまう。
そんなティアリーゼにストラは静かにある提案をした。
「……それほどまで私の許に来たいのであれば、聖女になるといい」
「え?」
思いもしない提案に驚き、ティアリーゼは表情を取り繕うことも忘れキョトンと長身の神を見上げる。
無防備なティアリーゼの顔を見下ろしたストラは、フッと息を吐く程度の小さな笑みを見せた。
「神官となり、聖女を目指せ。聖女として神籍に加われば、人でありながら神力を得る。神力を得れば神の妻として娶ることも出来る」
小さな笑みに見惚れている間に紡がれた言葉。
耳に届いた言の葉の意味を理解して、ティアリーゼは何度も瞬きをしてしまう。
「……妻、ですか?」
「ああ。私の妻になれば良いと言ったのだ」
聞き間違いではなかったようだ。
(妻……つまり、ストラ様に嫁ぐということ? 側仕えではなく、ストラ様の……お嫁さん?)
本当の意味で理解すると、もはやどうやって表情を取り繕えばいいのかも分からなくなる。
ずっと焦がれていた推し神に会えただけではなく、妻になれば良いと提案されたのだ。
胸の鼓動はもはや痛いほどで、濡れて寒いはずの体は全身が熱い。
「……嫌か?」
返事のないティアリーゼに何を思ったのか、ストラは小さな笑みを消した。
だが、嫌なわけがない。
婚約者がいれば困ったかもしれないが、幸か不幸かティアリーゼはつい先ほど婚約破棄を宣言されたばかりだ。
しかもご丁寧に婚約証書まで持ち出し目の前で破られた。
証書も無くなったのだから、ティアリーゼを縛るものはない。
そんな状態で焦がれ、側に仕えたいと思い続けていた神の妻になれるのだ。
拒む理由などない。
「嫌なことなどありません!」
思わず叫び顔を上げた。
「貴方様のお側にいられるのならどんな立場でも構わないのです。ただ、その……妻というのは想像もしていなかったので、何というか……恥ずかしくて」
後半はしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。
明らかに赤くなっているであろう顔を隠すよう両頬に手を添えた。
「……フッ」
数拍置いて、また笑うような吐息が降ってくる。
膝を折り手を伸ばしたストラ。
長い指がティアリーゼの顎を軽くすくい上げ、視線が交わる。
「恥ずかしい、か……愛いな」
「っ⁉」
ドクン、と大きく跳ねた心臓。
同時に、これ以上赤くはならないだろうというほど顔に熱が集中した。
(こ、こんなに近くにストラ様がっ! しかも私に触れて、微笑みまで浮かべて……あ、死ぬかも)
心臓があり得ないほどに脈打ち、本気で死ぬと思った。
だが溺死よりはよほど幸せな死に方だろう、などと現実逃避しそうになると、顎に添えられていたストラの指が流れるように頬を掠めながら離れてゆく。
その僅かに色気を感じさせる仕草に、ティアリーゼの思考が止まった。
「では、私の伴侶となるべく聖女を目指してくれるな?」
コクコク。
微笑みに見惚れ、言われるままに頷くティアリーゼは理解出来ているのかすら定かではない。
だが、ストラは満足そうに笑みを深めた。
「では、“これ”を預けよう。私との繋がりとなる」
そう言ったストラがくるりと手のひらを返すと、先ほどまで存在しなかったものが現れる。
「ピュイ!」
「……小鳥?」
思いがけぬ可愛らしい生き物の登場にティアリーゼはコテンと首を傾げた。
「ピュイ?」
赤い羽の小鳥はティアリーゼに倣うように小さな頭を傾ける。
とても可愛い。
「私の使いだ。お前の助けにもなるだろう」
「あ、ありがとうございます」
小鳥が乗った手のひらを差し出され思わず受けるように両手を上げると、小鳥は飛び跳ねながら移って来た。
手のひらに乗った小鳥は、ティアリーゼを見上げまたくりんと頭を傾ける。
「可愛い……」
「気に入ったのなら良かった」
ストラは切れ長な目をほんの少し優し気に細めると、ティアリーゼの手を取り立ち上がらせた。
そして片手で彼女の濡れた髪を撫でるように払うと、温かい空気がティアリーゼを包み髪も重かったドレスもすっかり渇く。
「あ、ありがとうございます」
「いや、礼を言われるほどの事ではない」
「それでも、ありがとうございます」
礼の言葉は拒否されたが、それでもストラ自らが力を使ってくれたのだ。
ティアリーゼにとってはその事実だけでも至上の喜びだった。
「では行くが良い。私はいつもお前を見守っている」
「ありがとうございます。ストラ様……私、絶対聖女になりますね!」
ストラの手が離れ、今度こそ人間の地へと帰されるのだと思ったティアリーゼは宣言する。
聖女になれば、ずっと推してきた神の許に行けるのだ。
ならば全力で聖女を目指そう。
その決意を他の誰でもないストラに誓う。
誓いを受けるように目の前の美しい神の口角が上がる。
「楽しみにしている」
その言葉を最後に、ティアリーゼは白い空間から出されたのだった。