画廊で彼女との打ち合わせを終えた私は、依頼人である三浦拓也にメールを送った。

【ストーカー被害に関わる私どもの対応、本日にて一応の完了とさせていただきます。今後、田崎遥花からあなたへのコンタクトは、さらに減るものと思われます。万が一、彼女から連絡があった際は、引き続き無視していただければ結構です。三浦様におかれましては、SNS上での写真関係の交流につきましても、引き続き避けていただきますようお願いいたします。また、成功報酬としておりました費用の請求書を郵送にて送らせていただきましたので、ご確認の上、期日までに指定の口座にお振り込みください。今回は当事務所をご利用いただき誠にありがとうございました】

(本当に「ありがとう」と心から言いたい気持ちだね)

 私は誰もいない画廊の中で、一人笑みを浮かべた。
 今回の仕事は、私にとっても大きな転機になるものだった。三浦拓也と親友の石川悠真を離れさせたあと、私は三浦拓也から依頼を受け、田崎遥花を三浦拓也から引き離す作戦を練った。
 私は田崎遥花について調べていくうちに、彼女がSNSに投稿していた数々のスナップ写真に注目した。美大の写真学科を卒業していた私は、まだ初心者だという彼女の写真に、SNS映えするような派手さはないが、その独特の視点に並々ならぬ魅力があることに気づいた。大学時代の知り合いにも意見を聞いてみたが、私と同じ感想を持つ者がほとんどだった。
 私は確信した。彼女の写真は、現代アートとして今後価値を上げていき、とんでもない高値がつくものになる、と。
 浮気調査ばかりで、探偵事務所の仕事に辟易していた私は、自らが画商となって彼女の作品を売り出そうと考えた。そもそも依頼人へのストーカー行為は、彼女の人並み外れた感受性から来る危うさであり、彼女の作品を評価し、彼女自身の存在価値を認めてあげれば、その行動も自ずと変わるはずだと思った。
 私は探偵として依頼人からの要請に応えつつ、画廊をオープンさせる準備を着々と進めていくことにした。
 三浦拓也には事前に写真関係の交流を断つようにお願いし、代わりに彼女が興味を持ちそうもない経済や投資の情報を投稿してもらうようにした。彼女と依頼人との接点を極力無くすのが狙いだった。もちろん、自分が彼女の作品を売りだそうとしている動きを依頼人に悟られないためには、その方が何かと都合が良いという判断もあった。
 一方で写真関係の知り合いには、彼女のSNSの写真を見てもらい、できればコメントも書いてもらうようお願いした。そして画廊の準備が整うタイミングで彼女にアプローチした。
 実際、私の読み通り、作品への評価が積み重なるにつれ、彼女の精神状態も安定し、依頼人へのストーカー的行為は無くなっていった。
 いずれ、ことの真相を石川悠真に伝えることもできるだろう。そうすれば彼と三浦拓也との関係も、修復可能なはずだ。

 一ヶ月後、私は新しくオープンさせた画廊で彼女の個展を開く。その頃には探偵事務所にも辞表を出しているだろう。
 私自身にはアートを創り出す才能はないが、見る目だけは確かだと思っている。彼女という才能に出会い、私はようやく自分が本当にやりたかった仕事ができる気がしている。

 ところで彼女と私は、今後どうなっていくだろう。
 彼女の気持ちが三浦拓也から離れ、自分へと向かいつつあるのは、鈍感な私でもわかる。私自身も、その才能だけでなく、女性として彼女に惹かれる想いがあるのは事実だ。
 けれども、それもこれも、やがては霞んで遠のいていく、不確かな蜃気楼みたいなものかもしれない。人間ってやつは、そうなってしまう原因を絶えず作り出してしまう不可思議な生き物なのだ。
 そういえば、スナップ写真の「スナップ」は、英語のsnapが持つ「すばやく、パっとする」という意味合いからきているらしい。

 パッと近づいては、パッと離れてしまう──

 膨大な情報と人々が行き交うSNSの世界が、そんなドライな人間関係に、ますます拍車をかけているのかもしれないな。

 私はスマホを開き、タイムラインの画面を素早くスクロールし始めた。フォローワーたちが撮ったスナップ写真が、走馬灯のように視界を次々と通り過ぎていった。