「テスト結果張り出されてるらしいよ」


「まじ? 見にいこう」


「今回のテスト難しかったから、私かなり順位やばいかも」



授業終了のチャイムが鳴り響いたのを聞いて、クラスメイトが一斉にこの前のテスト結果が張り出されている職員室前にある掲示板に向かって走り出した。


うちの学校ではテストの順位が毎回必ず掲示板に張り出されることになっているけれど、わたしはその結果についてはそれほど興味も関心もなくて、どうでもいいっていうのが本音のところ。


別に自信があるというわけではないけれど、順位を知ったところで何か状況が良くなるわけでもないし、むしろその結果がきっかけになってまた悪口を言われてしまうということもわかっていたから。


わたしは教科書をカバンに片付け終わってから、みんなと遅れてひとりで教室を出ると職員室前に向かった。


ドキドキするとか、緊張するとかそういった感情は一切なくて、わたしにとってはただ確認事項を見にいくだけという義務的なものに過ぎなくて。


掲示板の前にはすでに人だかりができていて、みんな必死になって自分の名前を探している姿を見ると「高校生らしいな」ってなんだかずいぶんと冷めた気持ちになってしまい、その雰囲気に溶け込めない自分が悲しくもなってしまう。


それに、わたしはどんな結果であったとしても、一緒に喜び合う友だちもいないし、励まし合う友だちだっていない。


ただ、白紙に刻まれた細かい数字を確認するというそれだけの行為にすぎないのだから。


わたしはみんなの視界の邪魔にならないように、後ろの方からそっと順位表を覗き込んだ。



〇〇ゆりな 1番



1番という結果を見てもわたしには喜びとか、嬉しさといった感情は一切湧いてこなくて、急いでその場を立ち去りたくなる。


確かに勉強は一生懸命頑張ったけれど、こうやって1番という結果を残してしまうと、みんなに何を言われるかなんて今までの経験からだいたいの想像はつく。



「見て、またゆりなが1番だよ。やばくない?」


「でもそりゃそうよね。だって友だちいないから勉強くらいしかすることないんだろうし」


「私は誰かさんみたいにガリ勉にはなれませーん」



わざわざわたしの隣に来て、絶対に聞こえるような声で話をする女子たちの声が耳に鳴り響いてうるさい。


こうやって1番をとったとしても結局は悪口に変わってしまい、自分の居心地が悪くなるだけだから1番を取ることは本当はあまり好きではない。


だけど、だからといって馬鹿なフリをするのもなんだか違う気がするし、どうせわたしはなにをしても悪い方にしか進まないのだと思う。



職員室から国語の先生が出てくるのが視界に入って、思わず逃げるようにして教室の方へ小走りで向かった。


もしここで「よく頑張ったな」みたいに褒められでもしたら、それこそわたしの肩身はさらに狭くなって教室に2度と入れなくなってしまうと思うから。


お母さんは毎回テスト結果を褒めてくれて、その姿を見ると少しだけ自分のことを許してあげれるけれど、自己肯定感の下がりまくったわたしが、心の底から自分の存在を認めてあげれることは、まずあり得ない。


教室に戻るといつもどおり男子はふざけ合って騒いでいるし、女子も輪になっておしゃべりに夢中だし、自分の存在を消してしまえたらどれだけ楽になれるだろうって思ってしまい、思わず涙が込み上げてきそうになる。


机から読みかけの小説を取り出して、さっき読んでいた続きを読もうとしおりを手にした瞬間、わたしのことを誰かに見つめられているような感じがして、ふと顔を上げた。



「ゆりな、また1番だったなテスト。本当すごいよな、毎回。今回は俺、かなり頑張ったから1番取れると思っていたんだけど、3番だった。またゆりなに負けちゃったよ」



いつもみんなの中心にいるともやくんが、なぜかわたしの席の横に立っていて、普段通り友だちと話すような口調でごく自然に話しかけてきた。


なんでわたしなんかに話しかけてるの?


わたしは思わず見上げた視線を1度小説の方に落としたけれど、再び顔を上げるとともやくんはやわらかな表情を浮かべたまま、まだわたしのことを見つめていた。



「うん・・・・・・。でもたまたま運よかっただけだと思う。そんなに勉強してないよ・・・・・・。ともやくんもいつもすごいじゃん。先生に当てられた質問とかも全部正解してるし」


「勉強しないで1番なんか取れないよ。俺なんか塾にも行ってるし、家庭教師もついてるんだよ。めちゃくちゃ頑張ってもなかなか1番は取れない。もっと自分に自信持てよ」


「そうなのかな・・・・・・。ありがとう・・・・・・」



こうやって誰かに褒められるなんてはじめてのことだからなんて答えればいいのかわからなくて、思わず戸惑ってしまい会話が続かない。



「あのさ、もしよかったら今度勉強教えてよ。ゆりなの時間が許せばっていう話なんだけど・・・・・・」



わたしはともやくんもみんなみたいにいじりに来ただけだと思っていたけれど、遠慮がちに話すその表情は真剣で、からかっているわけでも、ふざけているわけでもないみたい。


本気でわたしのことを誘っているんだ・・・・・・。


だけど、どうしてよりによってわたしなんかに頼むのかわからないし、もっとほかに仲良い友達から教えてもらえばいいのにって思ってしまう。


本当はすごく嬉しくて「もちろん」って即答したいはずなのに。


わたしはスカートの裾を両手でギュッと握りしめて、唇を噛んだ。



「やっぱり、ダメかな?」


「ごめん、わたし用事があるの思い出した。勉強の話はまた今度ね」



わたしはともやくんの前を横切り、俯いたままその場から逃げるように教室から立ち去った。


本当は勉強一緒にしたかったし、ふたりで勉強することができたら楽しいだろうなって心の底から思いはした。


だけど、今の自分には自信なんてないし、むしろみんなに人気があるともやくんのイメージを壊してしまい迷惑をかけるかもしれないって思うと、ふたりで勉強するだなんて申し訳なさすぎて、できるわけがない。


それにあんまり人と関わることじたいわたしは得意ではないし、どう接したらいいのかもわからない。


もちろん相手がともやくんだということは嬉しかったし、話してみたいって思ったり仲良くなりたいっては思うけれど、やっぱりまだ誰かと関わることには抵抗があるし、怖いなって感じてしまう。


こうやって人がせっかく誘ってくれたのに、わたしから逃げてしまう自分のことが嫌にもなるし、情けなかったし、だからみんなからも嫌われるんだよって思ったりもする。


だけど、今のわたしはこれ以上自分が傷つかないように、できるだけ人と関わらないようにすることで精一杯。


もっとひどいことを言われたくないし、クラスの全員からこれ以上嫌われたくもなかったし、悲しい思いだってもうしたくない。


その場から逃げるようにして教室から飛び出してきたわたしが着いたのは、やっぱりいつもの図書室だった。


行き場のない思いを無言のまま受け入れてくれるのは、今の自分にとってここしかないような気がした。


カチカチと誰もいない図書室に響き渡る時計の音を聞きながら、わたしはいつもの席に静かに腰を下ろして机に頭を伏せてため息をついた。



自分何してるんだろ。


どうしてみんなと仲良くなれないんだろう。


なんでいつも逃げちゃうだろう。



頭の中でいろんな思いが込み上げてくるけれど、自分でも答えなどわからなかったし、今の自分はどうにか毎日学校生活を送るだけで精一杯。


考えれば考えるほど、みんなみたいに普通になれない自分のことが悔しくて、視界が徐々に霞んでいってしまう。


わたしは声にならない声を押し殺して、誰もいないこの場所であふれてきそうな涙を必死に堪え続けた。