ーーーキーンコーンカーンコーン。
少し前までは学校中に規則正しく鳴り響く、このかん高いメロディーに心が救われていた。
学校という窒息してしまいそうな空間からようやく解放される瞬間だったし、それにやっとわたしがこの場所から逃げることを許される合図でもあったから。
だけど・・・・・・、今はちがう。
だって、今までとは全く別の意味で待ち遠しくなってしまったから。
帰りのホームルームが終わる時間になると時計をチラチラと見てしまうし、スピーカーから流れてくるこのメロディーを「早く鳴らないかな」と考えながら胸を踊らせて待ってしまう。
やっと帰りの号令が終わってチャイムが鳴り終えた瞬間、わたしはカバンに教科書と中学生の頃から使っているお気に入りのペンケースを片付けて、静かに椅子から立ち上がった。
担任の先生は黒板にさっき書いた「明日の連絡事項」を丁寧に消しながら、前の席の生徒と楽しそうにおしゃべりをしている。
まぁ、わたしが先生と話すのは、テストを返却する時に点数が良くて褒められる時くらいだけだけど。
もちろん今まで1回も世間話をしたこともないし、一緒に笑い合った記憶もなければ、いざこざになったこともない。
きっとわたしは反抗をすることもない真面目な生徒だと、どの先生にも思われているのかもしれないなって思う。
だけど、そんな優等生みたいな勝手なイメージは余計なレッテルだったし、事実そのせいで他の女子から嫌味を言われることも多い。
そうは言いつつも、ひとりぼっちで学校生活を送っているわたしにとって、そのイメージを今さら壊すだなんて絶対に無理だし、キャラを変えてみなみみたいにハキハキと振る舞う勇気だって、もちろんない。
だからどうすることもできないわたしは毎日こうやって、勉強を必死になって頑張り続けるし、校則だって破ることなく優等生のような振る舞いをするしかない。
たまに「何か困っていることはないか?」って聞かれたりもするけれど、そもそも先生たちなんて全然信用すらしていないのだから、こんなに学校のことについて悩んでいるのに相談しようという気はまず起きない。
ひねくれていると思うし、素直ではないだけなのかもしれないけれど、これ以上自分が傷つかないようにするためには仕方がないことだし、余計なことをするともっと目をつけられてひどい目に合うっていうのは十分経験済み。
最初から存在していないことにする、それが1番いい方法だって思う。
「気をつけて帰るんだぞ」
わたしが下を向いたまま急いで教室から出ようとすると、先生が一瞬こちらを向いて満面の笑みで話しかけてきた。
「さようなら」
先生にちゃんと聞こえたのかわからないくらいの小さな声で返事をしたけれど「さようなら」って先生も挨拶してくれたから、たぶん聞こえていたのだと思う。
みんなが「バイバイ」「また明日」「一緒に宿題やろうよ」と盛り上がっているのを横目に見ながら、わたしは廊下を足早に歩いて目的地へと向かう。
ちょっと少し前までは学校から逃げるように家に帰っていたし、寄り道をするだなんて一切考えられなかった。
コンビニも寄らないし、ファミレスにも、ショッピングセンターにも行かない。
お腹が空いていたとしても、ハンバーガーショップにすら行けなかった。
だけど、今のわたしはみんなが行っているようなそんなありきたりの場所に行くよりも、もっと楽しみでワクワクするような場所ができた。
長い廊下を小走りで走っていると、パタパタとした足音とカバンに付けたキーチェーンが揺れる音だけが響き渡り、さっきまでいた騒がしい教室とは大違いだなって思う。
普段運動不足のわたしにとっては少し走っただけで短く息が上がってしまうけれど、今は胸の高鳴りの方がもっと大きくて全然苦しさなんて感じない。
周りに誰もいないことを確認すると、音が鳴り響かないように慎重にドアを開けて、ゆっくりとその部屋の中へと入っていく。
普段から誰も使っていないせいか暖房もつけられていなくて、張り詰めたような冷たい空気に猫背だったわたしの背中がピンと伸びる。
わたしは今日、この場所に来るために学校に来たと言っても過言ではないって思う。
「よっ。じゃあ始めるか」
しんと静まり返った図書室の1番奥のテーブルにパズルを広げたともやくんが待っていた。
この前ともやくんの家に突然おじゃまさせてもらった日から、なんとなくふたりの関係は少しだけ距離が狭くなったような気がしていた。
もしかしたらそれはわたしの一方的な願望で、ともやくんは一切そんなこと思っていないかもしれないけれど・・・・・・。
実は、1ヶ月後に控えた卒業式で展示をするパズル作成をしなければならなかったので、わたしたちはこうやって放課後図書室に集まってパズルを頑張ることになったのだ。
ともやくんは「教室でやろうよ」と言っていたけれど、他の女子に目をつけられる気がして怖かったから、私から図書室を提案したっていう流れ。
もちろんともやくんとふたりきりになれるのは嬉しかったけれど、わたしに友だちがいないのを哀れに思って一緒にいてくれているだけなのかなっていう気もしてしまい、なんだか申し訳ない気持ちにもなっていた。
だってともやくんはわたしみたいな地味な子と仲良くするようなタイプではないって思うし、普段はクラスの中心メンバーで騒いでいるような男子だから・・・・・・。
それにせっかくともやくんに話しかけられたとしても、極度の緊張と不安と申し訳なさから、まともに返事すらできなくて会話がちゃんと続いたことすらほとんどない。
ただ「一緒にパズルをしているだけ」それだけの関係。
この関係がこれ以上深まることもないし、遠くなることもない。
本当はともやくんのことをもっと知りたかったし、おしゃべりしてみたかったし、ハンバーガーショップやゲームセンターにも行ってみたい気持ちはもちろんある。
だけど、わたしがそんなことするなんて身の程知らずだっていうことは自分が1番理解していたし、そもそも普段は何も喋らない相手にいきなり誘われたとしても、ともやくんを困らせるだけだって思う。
だから、喉元まで出かけているわたしのわがままな願いは絶対に口にすることはないし、パズルにだけ集中しているふりをして自分から何か話題を振るようなことはまずありえない。
だけど、叶うはずのない思いだけは日に日に心の中で大きく膨らんでいってしまう。
だからなのかもしれない。わたしはともやくんと一緒に過ごせて楽しいはずなのに、たまに息が詰まりそうにもなってしまうのは。
「ともやくん、早かったね。もう来てたんだ。パズル、始めようか」
「みんなに捕まる前に急いでここに来たんだよね。俺もさっき少しやってみたんだけど、全然わからないや。やっぱりゆりながいなきゃ進まないな」
そう言って無邪気に笑うともやくんの笑顔は可愛らしくて、みんなから人気があるのも当然のことだなっていつ見ても思う。
わたしなんてみんなが笑っている時でさえ無愛想な顔をしている自覚があるし、そもそも輪の中に入ってみんなと仲良くしようってことすらしないのに・・・・・・。
さっきまでこの部屋寒いなって思っていたけれど、ともやくんとふたりでいると不思議とそんなこと全く気にならなくなるし、むしろ全身が熱っているように暑く感じてしまう。
もしかしたらわたしの顔は今、赤くなっているのかもしれない。
ピースをはめる指先も震えているかもしれない。
そんなことを一度考えだしてしまうと、なかなかパズルにも集中できなくなってしまうし、思わず壁にかかった時計ばかりを確認をして必死に誤魔化そうとしてしまうわたしは照れているのかな。
だけど・・・・・・。
わたしは今、こんなことをしていてバチとか当たらないかな。
ともやくんも本当はつまらないって思っているのに、無理やり付き合わせているだけじゃないかな。
まだ始めたばかりなのに、なんだか急に虚しい気持ちが込み上げてきてしまい、わたしは真剣にパズルとにらめっこをしていたともやくんの方を静かに見上げた。
「ともやくん、もう今日は終わろうか。毎日わたしに付き合わせちゃって、本当にごめんね・・・・・・。つまらないよね」
やっぱりわたしはともやくんにとって迷惑な存在に違いない。
わたしはギュッと唇を歯で噛みながら、そっとパズルを箱に戻した。
「え、もう終わるの? まだ始めたばっかじゃん。もう少しやろうよ」
「ごめんね。わたし今日予定あるの忘れてた。だからもう終わらせよう」
うそだ。
予定なんかあるわけないし、本当はもっとともやくんと一緒にいたいのに。
だけど、これ以上ともやくんに迷惑なんてかけられないって思う。
どうしていつもうまくいかないのだろう・・・・・・。
楽しいはずなのに、幸せなはずなのに、なんだか悲しい気持ちで胸がいっぱいになり、ギュッとスカートの裾を握りしめた。
わたしはじんわりと潤んでくる瞳から、涙がこぼれ落ちないように必死に目を見開いて精一杯の笑顔を見せた。
「ともやくん、いつもごめんね」
しんと静まり返った図書室に、放課後のチャイムだけが反響していた。
少し前までは学校中に規則正しく鳴り響く、このかん高いメロディーに心が救われていた。
学校という窒息してしまいそうな空間からようやく解放される瞬間だったし、それにやっとわたしがこの場所から逃げることを許される合図でもあったから。
だけど・・・・・・、今はちがう。
だって、今までとは全く別の意味で待ち遠しくなってしまったから。
帰りのホームルームが終わる時間になると時計をチラチラと見てしまうし、スピーカーから流れてくるこのメロディーを「早く鳴らないかな」と考えながら胸を踊らせて待ってしまう。
やっと帰りの号令が終わってチャイムが鳴り終えた瞬間、わたしはカバンに教科書と中学生の頃から使っているお気に入りのペンケースを片付けて、静かに椅子から立ち上がった。
担任の先生は黒板にさっき書いた「明日の連絡事項」を丁寧に消しながら、前の席の生徒と楽しそうにおしゃべりをしている。
まぁ、わたしが先生と話すのは、テストを返却する時に点数が良くて褒められる時くらいだけだけど。
もちろん今まで1回も世間話をしたこともないし、一緒に笑い合った記憶もなければ、いざこざになったこともない。
きっとわたしは反抗をすることもない真面目な生徒だと、どの先生にも思われているのかもしれないなって思う。
だけど、そんな優等生みたいな勝手なイメージは余計なレッテルだったし、事実そのせいで他の女子から嫌味を言われることも多い。
そうは言いつつも、ひとりぼっちで学校生活を送っているわたしにとって、そのイメージを今さら壊すだなんて絶対に無理だし、キャラを変えてみなみみたいにハキハキと振る舞う勇気だって、もちろんない。
だからどうすることもできないわたしは毎日こうやって、勉強を必死になって頑張り続けるし、校則だって破ることなく優等生のような振る舞いをするしかない。
たまに「何か困っていることはないか?」って聞かれたりもするけれど、そもそも先生たちなんて全然信用すらしていないのだから、こんなに学校のことについて悩んでいるのに相談しようという気はまず起きない。
ひねくれていると思うし、素直ではないだけなのかもしれないけれど、これ以上自分が傷つかないようにするためには仕方がないことだし、余計なことをするともっと目をつけられてひどい目に合うっていうのは十分経験済み。
最初から存在していないことにする、それが1番いい方法だって思う。
「気をつけて帰るんだぞ」
わたしが下を向いたまま急いで教室から出ようとすると、先生が一瞬こちらを向いて満面の笑みで話しかけてきた。
「さようなら」
先生にちゃんと聞こえたのかわからないくらいの小さな声で返事をしたけれど「さようなら」って先生も挨拶してくれたから、たぶん聞こえていたのだと思う。
みんなが「バイバイ」「また明日」「一緒に宿題やろうよ」と盛り上がっているのを横目に見ながら、わたしは廊下を足早に歩いて目的地へと向かう。
ちょっと少し前までは学校から逃げるように家に帰っていたし、寄り道をするだなんて一切考えられなかった。
コンビニも寄らないし、ファミレスにも、ショッピングセンターにも行かない。
お腹が空いていたとしても、ハンバーガーショップにすら行けなかった。
だけど、今のわたしはみんなが行っているようなそんなありきたりの場所に行くよりも、もっと楽しみでワクワクするような場所ができた。
長い廊下を小走りで走っていると、パタパタとした足音とカバンに付けたキーチェーンが揺れる音だけが響き渡り、さっきまでいた騒がしい教室とは大違いだなって思う。
普段運動不足のわたしにとっては少し走っただけで短く息が上がってしまうけれど、今は胸の高鳴りの方がもっと大きくて全然苦しさなんて感じない。
周りに誰もいないことを確認すると、音が鳴り響かないように慎重にドアを開けて、ゆっくりとその部屋の中へと入っていく。
普段から誰も使っていないせいか暖房もつけられていなくて、張り詰めたような冷たい空気に猫背だったわたしの背中がピンと伸びる。
わたしは今日、この場所に来るために学校に来たと言っても過言ではないって思う。
「よっ。じゃあ始めるか」
しんと静まり返った図書室の1番奥のテーブルにパズルを広げたともやくんが待っていた。
この前ともやくんの家に突然おじゃまさせてもらった日から、なんとなくふたりの関係は少しだけ距離が狭くなったような気がしていた。
もしかしたらそれはわたしの一方的な願望で、ともやくんは一切そんなこと思っていないかもしれないけれど・・・・・・。
実は、1ヶ月後に控えた卒業式で展示をするパズル作成をしなければならなかったので、わたしたちはこうやって放課後図書室に集まってパズルを頑張ることになったのだ。
ともやくんは「教室でやろうよ」と言っていたけれど、他の女子に目をつけられる気がして怖かったから、私から図書室を提案したっていう流れ。
もちろんともやくんとふたりきりになれるのは嬉しかったけれど、わたしに友だちがいないのを哀れに思って一緒にいてくれているだけなのかなっていう気もしてしまい、なんだか申し訳ない気持ちにもなっていた。
だってともやくんはわたしみたいな地味な子と仲良くするようなタイプではないって思うし、普段はクラスの中心メンバーで騒いでいるような男子だから・・・・・・。
それにせっかくともやくんに話しかけられたとしても、極度の緊張と不安と申し訳なさから、まともに返事すらできなくて会話がちゃんと続いたことすらほとんどない。
ただ「一緒にパズルをしているだけ」それだけの関係。
この関係がこれ以上深まることもないし、遠くなることもない。
本当はともやくんのことをもっと知りたかったし、おしゃべりしてみたかったし、ハンバーガーショップやゲームセンターにも行ってみたい気持ちはもちろんある。
だけど、わたしがそんなことするなんて身の程知らずだっていうことは自分が1番理解していたし、そもそも普段は何も喋らない相手にいきなり誘われたとしても、ともやくんを困らせるだけだって思う。
だから、喉元まで出かけているわたしのわがままな願いは絶対に口にすることはないし、パズルにだけ集中しているふりをして自分から何か話題を振るようなことはまずありえない。
だけど、叶うはずのない思いだけは日に日に心の中で大きく膨らんでいってしまう。
だからなのかもしれない。わたしはともやくんと一緒に過ごせて楽しいはずなのに、たまに息が詰まりそうにもなってしまうのは。
「ともやくん、早かったね。もう来てたんだ。パズル、始めようか」
「みんなに捕まる前に急いでここに来たんだよね。俺もさっき少しやってみたんだけど、全然わからないや。やっぱりゆりながいなきゃ進まないな」
そう言って無邪気に笑うともやくんの笑顔は可愛らしくて、みんなから人気があるのも当然のことだなっていつ見ても思う。
わたしなんてみんなが笑っている時でさえ無愛想な顔をしている自覚があるし、そもそも輪の中に入ってみんなと仲良くしようってことすらしないのに・・・・・・。
さっきまでこの部屋寒いなって思っていたけれど、ともやくんとふたりでいると不思議とそんなこと全く気にならなくなるし、むしろ全身が熱っているように暑く感じてしまう。
もしかしたらわたしの顔は今、赤くなっているのかもしれない。
ピースをはめる指先も震えているかもしれない。
そんなことを一度考えだしてしまうと、なかなかパズルにも集中できなくなってしまうし、思わず壁にかかった時計ばかりを確認をして必死に誤魔化そうとしてしまうわたしは照れているのかな。
だけど・・・・・・。
わたしは今、こんなことをしていてバチとか当たらないかな。
ともやくんも本当はつまらないって思っているのに、無理やり付き合わせているだけじゃないかな。
まだ始めたばかりなのに、なんだか急に虚しい気持ちが込み上げてきてしまい、わたしは真剣にパズルとにらめっこをしていたともやくんの方を静かに見上げた。
「ともやくん、もう今日は終わろうか。毎日わたしに付き合わせちゃって、本当にごめんね・・・・・・。つまらないよね」
やっぱりわたしはともやくんにとって迷惑な存在に違いない。
わたしはギュッと唇を歯で噛みながら、そっとパズルを箱に戻した。
「え、もう終わるの? まだ始めたばっかじゃん。もう少しやろうよ」
「ごめんね。わたし今日予定あるの忘れてた。だからもう終わらせよう」
うそだ。
予定なんかあるわけないし、本当はもっとともやくんと一緒にいたいのに。
だけど、これ以上ともやくんに迷惑なんてかけられないって思う。
どうしていつもうまくいかないのだろう・・・・・・。
楽しいはずなのに、幸せなはずなのに、なんだか悲しい気持ちで胸がいっぱいになり、ギュッとスカートの裾を握りしめた。
わたしはじんわりと潤んでくる瞳から、涙がこぼれ落ちないように必死に目を見開いて精一杯の笑顔を見せた。
「ともやくん、いつもごめんね」
しんと静まり返った図書室に、放課後のチャイムだけが反響していた。