いつもの引き戸をガタガタと開けると、さちえさんが満面の笑みを浮かべながら「お疲れさま」と声をかけてくれた。
さちえさんが笑うとほっぺたに小さなエクボが2つできて、すごく可愛らしい。
自分よりかなり年上の人に”可愛らしい”なんて言っていいのかわからないけれど、わたしは毎回さちえさんの笑顔を見るたびに癒されていた。
「お疲れさまです」
ちゃんとめし屋に入る前に、鏡で目が赤くなっていないかを何度も確認しておいたから、多分さっき学校で泣いてしまったということには誰も気が付かないはず。
それでもつい、いつもよりもぎこちない笑顔になってしまう。
「ゆうくん、もうきてるわよ。多分流し場の方にいると思うけど」
「そうなんですか? わかりました」
ゆうくんはみんなと違って嫌なことも言ってこないし、物を隠したり、悲しくなるような態度をとるようなことはしない、ということが今まで一緒にいてわかっているから安心して同じ空間で過ごすことができる。
ちょっと違和感を覚える時もあるけれど、もし彼が同じクラスメイトだったらどれほど居心地がよかっただろう、と何度思ったことか。
わたしはいつものエプロンに着替えて身支度を済ませると、急いでゆうくんの待つ流し場へと向かった。
「お、ゆりなさん。おつかれっす」
「お疲れさま。今日も早いね。学校早く終わったの?」
流し場を一生懸命磨いているゆうくんに、わたしはいつも通り話しかけた。
自分の学校生活を聞かれるのは絶対に嫌だったけれど、それでもやっぱり彼がどんな学校生活を送っているのかにはすごく興味があった。
だって彼、自分とはタイプこそ違うけれど、なんとなく周囲から浮世離れしているような独特な雰囲気は、どこかしら自分と似ているなって勝手ながらに思っていたから。
「学校ですか・・・・・・。まぁ、色々っすよね。俺、ゆりなさんに言ってませんでしたっけ? 実は学校に行ってないんですよね。簡単に言えば、アクティブな不登校ってやつですかね」
手の動きを止めることなく、さらりとした口調で発言したゆうくんの言葉の内容は、その言い方に全く見合っていなくて思わず反応に戸惑った。
「でも、学校も俺がバイトをしていることは知ってるし、両親は興味ない感じで何も言ってこないし。特別困るようなことはないんですけどね。多分そのうち学校も辞めるかもしれないし」
「そうなんだ。学校しんどかったの?」
わたしは言葉を探りながら、慎重にゆうくんに尋ねた。
こういったデリケートな話はあまり深く問い詰めるべきではないっていうのはわかっていたけれど、それでもなんだか気になってしまい、つい聞いてしまう。
こんなにも悩みなど全くなさそうな子が、実は不登校だったんだという理由を。
「なんていうか、俺、発達障害なんですよね。周りの空気を読むのが苦手っていうか。だから自覚は全然ないんですけど、結構人を傷つけてしまうようなことを平気で言ってるみたいで。そしたらいつの間にかクラスで浮いた存在になっていて、友だちもいなくなった、みたいな」
発達障害。
想像もしていなかった言葉だったけれど、言われてみれば少し納得できる気もした。
悪気のない様子で、物事を発言してしまう彼の特性。
それは今までわたしも何度か言われたことがあるし、そのたびにちょっとだけ気にしてもいた。
「でもゆりなさんは今まで通り俺と接してくださいね。もしかしてゆりなさんも不登校なんっすか?」
「え、違うよ。わたしは毎日学校行ってるし、もちろんゆうくんとの関わり方を変えるつもりなんてないから」
「ならよかった。俺にとってこのめし屋だけが今の居場所みたいなもんなんで」
ゆうくんの言っている意味はわたしにもよくわかった。
みんなとは少し違う世界で生きているわたしにとっても、ここは大切な居場所だし、唯一家族以外で安心して自分らしくいれる場所。
だからゆうくんが発達障害だと知ったからといって、避けたり、変な目で見るようなことは絶対にありえないって思った。
「ゆりなちゃん、ゆうくん。今日のまかないはそぼろ丼と親子丼、どっちがいい?」
台拭きを手にしたさちえさんも流し場に入ってきて、子どもに晩ごはんのメニューを尋ねるかのような口調で聞いてきた。
「親子丼がいいです。肉を多めでお願いします」
「ゆうくんは本当いつも素直ね。まかないにも注文つけてくるなんて。肉多めにしてあげるから楽しみにしててちょうだい」
「ありがとうございます。よっしゃ、これで今日の仕事も頑張れそうです」
ゆうくんとさちえさんの親子のように弾む会話の光景を眺めていると、なんだか不思議な気持ちになった。
それは、こうやって明るくしている人にだって、実は目に見えない悩みを抱えていたんだっていうことを知ったから。
だけどなんだか一緒に闘っている仲間を見つけられた気がしたし、少しだけ心が救われたような気がして自然と笑みが溢れた。
学校では辛いことしかないけれど、わたしにはめし屋っていう居場所がある。
ゆうくんっていう仲間だっているんだから、ひとりきりじゃないんだよね、わたし。
そう思うと安心することができたし、もう少しだけ頑張ってみようかなって前向きに思えた。
「さちえさん、わたしの親子丼も肉は多めでお願いします」
わたしはとびきりの笑顔で答えた。
さちえさんが笑うとほっぺたに小さなエクボが2つできて、すごく可愛らしい。
自分よりかなり年上の人に”可愛らしい”なんて言っていいのかわからないけれど、わたしは毎回さちえさんの笑顔を見るたびに癒されていた。
「お疲れさまです」
ちゃんとめし屋に入る前に、鏡で目が赤くなっていないかを何度も確認しておいたから、多分さっき学校で泣いてしまったということには誰も気が付かないはず。
それでもつい、いつもよりもぎこちない笑顔になってしまう。
「ゆうくん、もうきてるわよ。多分流し場の方にいると思うけど」
「そうなんですか? わかりました」
ゆうくんはみんなと違って嫌なことも言ってこないし、物を隠したり、悲しくなるような態度をとるようなことはしない、ということが今まで一緒にいてわかっているから安心して同じ空間で過ごすことができる。
ちょっと違和感を覚える時もあるけれど、もし彼が同じクラスメイトだったらどれほど居心地がよかっただろう、と何度思ったことか。
わたしはいつものエプロンに着替えて身支度を済ませると、急いでゆうくんの待つ流し場へと向かった。
「お、ゆりなさん。おつかれっす」
「お疲れさま。今日も早いね。学校早く終わったの?」
流し場を一生懸命磨いているゆうくんに、わたしはいつも通り話しかけた。
自分の学校生活を聞かれるのは絶対に嫌だったけれど、それでもやっぱり彼がどんな学校生活を送っているのかにはすごく興味があった。
だって彼、自分とはタイプこそ違うけれど、なんとなく周囲から浮世離れしているような独特な雰囲気は、どこかしら自分と似ているなって勝手ながらに思っていたから。
「学校ですか・・・・・・。まぁ、色々っすよね。俺、ゆりなさんに言ってませんでしたっけ? 実は学校に行ってないんですよね。簡単に言えば、アクティブな不登校ってやつですかね」
手の動きを止めることなく、さらりとした口調で発言したゆうくんの言葉の内容は、その言い方に全く見合っていなくて思わず反応に戸惑った。
「でも、学校も俺がバイトをしていることは知ってるし、両親は興味ない感じで何も言ってこないし。特別困るようなことはないんですけどね。多分そのうち学校も辞めるかもしれないし」
「そうなんだ。学校しんどかったの?」
わたしは言葉を探りながら、慎重にゆうくんに尋ねた。
こういったデリケートな話はあまり深く問い詰めるべきではないっていうのはわかっていたけれど、それでもなんだか気になってしまい、つい聞いてしまう。
こんなにも悩みなど全くなさそうな子が、実は不登校だったんだという理由を。
「なんていうか、俺、発達障害なんですよね。周りの空気を読むのが苦手っていうか。だから自覚は全然ないんですけど、結構人を傷つけてしまうようなことを平気で言ってるみたいで。そしたらいつの間にかクラスで浮いた存在になっていて、友だちもいなくなった、みたいな」
発達障害。
想像もしていなかった言葉だったけれど、言われてみれば少し納得できる気もした。
悪気のない様子で、物事を発言してしまう彼の特性。
それは今までわたしも何度か言われたことがあるし、そのたびにちょっとだけ気にしてもいた。
「でもゆりなさんは今まで通り俺と接してくださいね。もしかしてゆりなさんも不登校なんっすか?」
「え、違うよ。わたしは毎日学校行ってるし、もちろんゆうくんとの関わり方を変えるつもりなんてないから」
「ならよかった。俺にとってこのめし屋だけが今の居場所みたいなもんなんで」
ゆうくんの言っている意味はわたしにもよくわかった。
みんなとは少し違う世界で生きているわたしにとっても、ここは大切な居場所だし、唯一家族以外で安心して自分らしくいれる場所。
だからゆうくんが発達障害だと知ったからといって、避けたり、変な目で見るようなことは絶対にありえないって思った。
「ゆりなちゃん、ゆうくん。今日のまかないはそぼろ丼と親子丼、どっちがいい?」
台拭きを手にしたさちえさんも流し場に入ってきて、子どもに晩ごはんのメニューを尋ねるかのような口調で聞いてきた。
「親子丼がいいです。肉を多めでお願いします」
「ゆうくんは本当いつも素直ね。まかないにも注文つけてくるなんて。肉多めにしてあげるから楽しみにしててちょうだい」
「ありがとうございます。よっしゃ、これで今日の仕事も頑張れそうです」
ゆうくんとさちえさんの親子のように弾む会話の光景を眺めていると、なんだか不思議な気持ちになった。
それは、こうやって明るくしている人にだって、実は目に見えない悩みを抱えていたんだっていうことを知ったから。
だけどなんだか一緒に闘っている仲間を見つけられた気がしたし、少しだけ心が救われたような気がして自然と笑みが溢れた。
学校では辛いことしかないけれど、わたしにはめし屋っていう居場所がある。
ゆうくんっていう仲間だっているんだから、ひとりきりじゃないんだよね、わたし。
そう思うと安心することができたし、もう少しだけ頑張ってみようかなって前向きに思えた。
「さちえさん、わたしの親子丼も肉は多めでお願いします」
わたしはとびきりの笑顔で答えた。