それからというもの、キャンディさん(茅野くん)はネット上で以前よりかなり大胆に絡んでくるようになった。
『キャンディ:AMさんは今日も可愛いね。天使だね。好き』
「う……」
キャンディさんはこれまでも私のことを溺愛気味ではあったけれど、最近はさらに糖度が増した気がする。
私はキャンディさんからのラブコールに照れながらも、当たり障りのない言葉を返信する。
ネットではこんなだけど、キャンディさんは、学校では私に気を遣っているのか、あまり話しかけてこない。
昼休みも取り巻きの女子が放してくれないみたいで保健室にすら顔を出さないため、私たちの関係はこれまでとあまり変わっていない。
その代わり、Re:STARTでキャンディさんとして絡んでいるときだけ、途端にアプローチがすごくなる。
『キャンディ:AMさん、美少女過ぎて眩しい。どうしよう』
「……ありがとう」
『キャンディ:今度のコスも楽しみにしてるね。あ、でも露出は控えめにね』
「……うん、そうする……」
『キャンディ:好き過ぎて辛い。どうしたらいいかな』
「……う。これはさすがに返信しなくていいや」
そっとスマホの明かりを消した。
AMのファンでいてくれることは素直に嬉しいけど、相手があの王子様だと思うと、正直かなり複雑なのである。
だって、あの茅野チトセくんが……。
学園の王子様が、私に好き好き攻撃って。いや、正確には私じゃなくてAMに好きって言ってるだけなんだけど。
それはそれでなんか複雑だし……。
また通知が届く。液晶に映し出されたコメントを覗く。
『キャンディ:ねぇAMさん、ぼく、一度生で会ってみたいなぁ……』
「!?」
生でもなにも、いつも会ってるじゃん! と心の中でツッコむと、キャンディさんは私の心を察したように続けて投稿した。
『キャンディ:AMさんのこと、もっとよく知りたいんだ。恋人とかいるの? いや、いないよね? きっといないよね? ぼく立候補したい』
「!!」
ちょ……!!
私は慌ててRINEを開いた。高速で文字を打ち、送信する。
『あみ:ちょっとキャンディさん!! 変な投稿はやめて!!』
『チトセ:あは。ごめん。でもキャンディとしての本心なんだもん』
『あみ:バレたらどうするの! ネットって怖いんだからね! 炎上しても助けてあげないよ!』
『チトセ:あはは。それもそうだねぇ……じゃああっちでは大人しくするから、このままここでメッセージ交換してくれる?』
『あみ:もしかしてキャンディさん、それが目的だったでしょ!?』
絶対、私が怒って連絡してくるのを待っていたのだ。確信犯だ。
『チトセ:さぁどうかなー。してくれないならあっちで絡むよ。いいの?』
もはや脅しである。
「ぐぬぬ……キャンディさん、意外と性格悪い……?」
スマホとにらめっこしていると、キャンディさんから続けてメッセージがきた。
『チトセ:というわけで、学校じゃないところで会おうよ。週末どこかに行かない?』
会いたい、というストレートな言葉にドキッとする。それに、自覚する。たぶん私も、今の関係に少し、ほんの少しだけ物足りないと思ってしまっていたのだ。
だって、キャンディさんてば学校では全然関わってくれないから……。でも、キャンディさんも本当は私に会いたいと思ってくれてる……?
でも、学校以外でとなると、いつもより緊張する。どうしよう。
『あみ:……ふたりで?』
恐る恐る訊ねる。
『チトセ:いや? 俺といるときなら、あみも素の自分でいられるでしょ?』
『あみ:……まぁ、クラスメイトといるよりは楽かもだけど……でもなぁ』
『チトセ:あ、もしかしてまだなんか秘密にしてる?』
ぎくりとした。私は誤魔化すように文字を打つ。
『あみ:してない!! ……分かった。いいよ』
『チトセ:やった! じゃあ決まりね! どこに行きたいとかある?』
『あみ:えっと……』
それ以上深くツッコまれなかったことに安堵した。
『あみ:特にない。私、あまり人と出かけたことがないから……』
『チトセ:じゃあ、俺が勝手に決めてもいいかな?』
『あみ:うん。お願い』
連絡を終えると、私はベッドの上で手足をじたばたとさせた。
どうしようどうしよう。まさかのキャンディさんとデート……! しかも、ふたりきりだなんて……!! 私、ちゃんと喋れるかな。っていうか待って。その前に私……。
「うそ、ついちゃった……」
私は鏡を見た。鏡に映った自分の姿に、小さく息を吐く。
私にはまだ、キャンディさんに隠している秘密がある。それを知ったら、キャンディさんはどう思うだろう……。
私は味気ない天井を見上げ、悶々と考えるのだった。
* * *
そんなこんなで、次の週末。私たちは初めて学校とネット以外で直接会うことになった。
出かけるときの服装やその他諸々の事情に頭を悩ませていると、あっという間にその週末はやってきてしまった。
デート当日、私はいつもより早起きをして、クローゼットの前に立ち、唸る。
「うーん、服……どうしようかな」
数ある私服を前に、腕を組む。
結局あれだけ悩み抜いて、これだと思ったワンピースまでわざわざ調達したというのに、今になっても決まっていない。
私はクローゼットの端にかかった新品のワンピースを見る。黒地に紺碧の花刺繍があしらわれた大人っぽいフレンチワンピースだ。この日のためにネットで買ったのだけど……それが悪かった。
届いてみると質感が思っていたようなものじゃなくて、サイズ感や丈もイマイチだった。
こんな微妙な服でキャンディさんに会いたくはない。
今日は初めてのデートで慣れないだろうし、馴染みのものにしようと思いクローゼットを眺める。
けれど……悩む。
ワンピースだと意識し過ぎかな。かといってデート経験がない私でも、さすがにジーパンだけは有り得ないということは分かる。キャンディさんに可愛いって思ってもらうためには……。
と、考えながら時計を見た。針が指し示す時間に、ぎょっとする。
「うわぁもうこんな時間!? まずい! 時間に遅れちゃう!! と、とりあえずこれでいいや!」
悩み抜いた結果、無難に白のブラウスと控えめなブルーの花の水彩画柄のヘップバーンスカートにした。
着替えを済ませると、鏡に映る自分を見つめた。銀青色の瞳と、白と緑が混ざったような明るい色の髪。
周りの子とまるで違う容姿。
「…………」
黒髪の鬘に手を伸ばして、ふと脳裏にキャンディさんの文字が浮かんで、思いとどまる。
『素の自分で』
素の自分。キャンディさんの前では、本当の自分をさらけ出しても許されるだろうか。
彼なら、受け入れてくれるだろうか……。
唇を引き結び、覚悟を決めて部屋を出た。