キャンディさんはちらちらと私を見ては視線を外しながら、恥ずかしそうに頬を掻いている。

「でも、なかなか隙がなくて話しかけられなくて……仲良くなるにはAMの名前を出すしかないと思ったんだ。……俺、自分のことばっかで大場の気持ちとか全然考えてなかったな」

 頭を下げるキャンディさんからは、まっすぐな思いが伝わってくる。
 それまで、大きな石に押し潰されるように重かった心が、嘘のように軽くなっていく。

「……なんだ。そうだったんだ」
 小さく笑みが漏れた。続いて、じわじわと視界が滲んだ。私はキャンディさんに頭を下げた。

「私こそ、ごめんなさい。茅野くんのこと全然信じてなかった。ずっとからかわれてるんだと思って、秘密をいつバラされるのかって、怖くて」

 私も同じだ。彼の気持ちなんて全然考えていなかった。最悪だったのは、私の方だ。そう自覚した途端、視界が滲んだ。

「え、ちょ……え?」

 キャンディさんは泣き出しそうになる私を見て、おろおろと取り乱し始めた。いつも澄ましている王子様の焦りように、私は泣きながら笑う。

「あ、ごめん……なんか、安心したら、涙が出てきて」
「……ううん。不安にさせて、ごめんな」
「それだけじゃないの。嬉しいの。ずっと、キャンディさんに会いたかったから」
「大場……」
 
 すっと彼の手が伸びて、私の頬に触れた。一瞬身構えると、キャンディさんの手も戸惑うように一度止まる。
「……泣かないで」
 躊躇いながらも、その指先がそっと私の頬をなぞった。あまりに優しい指先に、彼が本当にキャンディさんなんだと確信して余計に涙が溢れた。
 
「……これからは絶対、大場が嫌がることはしない。昨日の子たちにも、ちゃんと俺から言っておく。もしなにか嫌なこと言われたら、すぐに言って」
「……うん、ありがとう」

 キャンディさんは眉を下げたまま、首を横に振る。
「ごめんな。辛い思いさせて」
 その表情に、ちり、と胸が痛む。
「ううん」
「……もう、学校では大場に話しかけないって約束する」
「えっ」
「俺といると、辛いこと思い出すだろ?」
「それは……」

 そうかもしれないけど……。

「だけど、その……キャンディとしてはこれからもAMのこと応援したい。……いいかな?」

 不安げな瞳と視線がかちりと合う。キャンディさんは私と目が合うと、頬を染めて目を逸らした。いつも女子に囲まれている王子様らしからぬ仕草に、つい可愛いなんて思ってしまう。

 その仕草を見て、同時に思った。たぶん私は、そんなことは望んでいない。
 
「……私、キャンディさんとはこれからも仲良くしたい」
「……ありがとう」と、キャンディさんはほっとしたように息を吐く。私は続ける。

「それから……茅野くんのことも、ちょっと……知りたい気もする」
 キャンディさんがパッと私を見た。
「えっ!」

 今度は私が赤くなる番だった。

「だ、だって私、ずっとキャンディさんと同じ学校だったらって思ってたから……だから、その……キャンディさんがすごく近くにいるって知って嬉しくて……」

 突然の王子様スマイルは心臓に悪い。私は思わず、ぐ、と言葉に詰まった。照れた自分を誤魔化すように、早口で言う。

「……で、でも、やっぱり王子様と話すと女子にいじめられそうだからやだな……」

 キャンディさんがしゅんと捨てられた仔犬のような顔をする。それがおかしくて、思わず笑ってしまった。
 
「……ふふっ。うそだよ。冗談」
「うそかよ。というか、もう、いい加減そんな笑うなって」
「ごめん……だってなんかイメージと違ったから」
「それはお互い様だろ?」

 確かに、そのとおりだ。

「キャンディさん」
「……うん?」
「……大切な秘密、教えてくれてありがとう」
「……うん」

 しかし、キャンディさんはかすかに微笑みながらも、まだ浮かない顔をしている。私は首をひねった。

「キャンディさん?」

 もしかして、秘密を打ち明けたことを後悔しているのだろうか。

「あ、秘密はもちろん守るから大丈夫だよ? 誰にも言わないし……まぁ、言うひともいないんだけど。このことは、キャンディさんと私、ふたりだけの秘密にしよう?」

 指を立てて口元に持っていき、首を傾ける。すると、キャンディさんは一瞬驚いた顔をしたあと嬉しそうに表情を綻ばせて、私を見た。

「うん。俺らだけの、ふたりだけの秘密。約束ね」
「うん、約束」

 こうして、私たちの秘密の関係は始まった。